このページは、 http://homeposition.net/~m(as)m/index.php/タイピングと入力方式 にリダイレクトされています。


タイピングと入力方式

(2003-02-08)

はじめに

 あらかじめお断りしておきますが、私は入力方式のマニアにすぎません。自分の体験と見聞きしたことや読んだことを材料にして考えているので、専門家から見ると「何だこれは?」というようなことを書くおそれが充分あります。眉に唾をつけて(前頭葉を冷やしながら?)お読みください。

タイピングの基礎

 タイピングの基礎は、適切な指づかいで目的のキーを正しく打つこと[*1]です。しかし、これを身につけるのは口でいうほど簡単ではありません。文字を書く以前の幼児が思いのままに落書きをするように、タイピングの場合にも、文字の入力以前に両手の指でキーを打ち分ける訓練をする必要があるのです。これは日常生活の中ではあまり馴染みのない手指の動作なので、誰でも最初から器用にできるわけではありません。

 こう考えると、目的のキーを打つ手指の基礎訓練をやりながら、そのうえ文字の打ち方まで覚えようとすることが、初心者にとっては困難なことが分かるでしょう。困難なだけならまだしも、手指の動作が不確実な段階で文字の入力方法を練習することは有害でさえあります。

ミスタイプ

 ベテランのタイピストでも必ずミスをします。初心者が練習中にミスタイプをするのは当然のことでしょう。ところが、普通の練習方法ではミスタイプを事前に防ぐことはできません。そこで、ミスタイプの原因と、それを取り除く練習方法について考えてみます。

 ミスタイプは大きく二つに分けられます。一つは、手指の基礎訓練が不充分で意図した通りに打鍵できない場合。もう一つは、手指は正確に動くけれどもキーの位置自体を間違ってしまった場合です。前者は「位置→打鍵」、後者は「文字→位置」の記憶の誤りが原因だと考えられます。出発点の「文字」自体を間違った場合は、ミスタイプではなく単なる誤字です。

 ミスタイプを防ぐには、「位置→打鍵」と「文字→位置」の両方を正しく記憶する必要があります。ところで、この二つを正しく記憶することはタイピングの練習目標そのものと一致しています。ということは、その目標を達成するまでの間は、必然的にミスタイプの原因を抱え込むことになるわけです。

 練習中に必然的にミスタイプをするのだとしたら、ミスタイプを予防する練習方法を考えることはナンセンスなように思えます。実際、記憶が不確実な状態で正しい文字を入力するように要求すればミスタイプは避けられないでしょう。
 しかし、従来の「文字」中心の方法から「打鍵」中心の方法に切り換えることによって、ミスタイプを抑制することができます。つまり、ある「打鍵」とその結果入力される「文字」との関係は常に一定であり正しいことが保証されているのだから、この関係を記憶すればいいのです。

タイピングと記憶の関係

 俗に「タイピングは指で覚える」などと言いますが、実際は手指の運動に関する「位置→打鍵」の記憶は脳の中にあります。もちろん、「文字→位置」の関係も脳内に記憶されています。この二つの記憶が関連づけられて「文字→位置→打鍵」という記憶の連鎖が成立する[*2]のだと考えられます。

 タイピングに必要な記憶の大部分は“指で覚える記憶”(技能記憶)ですが、部分的に“頭で覚える記憶”(意味記憶)で補助することも可能です。例えばローマ字入力や連想2ストローク方式などは、“指”と“頭”のどちらでも覚えることができます。
 また、記憶には、はっきりと自覚できる記憶(顕在記憶)と、何となく覚えている記憶(潜在記憶)があります。タイピングの技能は、意識的に練習するので顕在記憶であるようにも思えますが、実際は潜在記憶に負うところが大きい筈です。ある程度上達すると、覚えたことを意識的に思い出さなくてもタイプできるからです。

 ここで再びミスタイプについて考えてみます。ミスタイプのやり方をわざわざ練習する人はいませんが、なぜか同じミスを繰り返してしまいます。これは潜在記憶のなせる技ではないでしょうか? また、意識的に練習しなくても「後退」キーの打ち方はいつの間にか身についているもので、これも潜在記憶のおかげだと考えることができそうです。
 文字の打ち方も、ことさら覚えようと意識しなくても潜在的に記憶できる筈です。潜在記憶を作るには、意識の注意をそらしながら繰り返し刺激を与えることが効果的だと考えられます。

打鍵と運指

 ところで、個々の「打鍵」自体を単独で練習しても、あまりタイピングは上達しません。単純な動作には脳のある部分しか使わない[*3]ためです。複雑な動作が必要な場合は、脳内の別の場所で[*4]一度運動のプランを立ててから実際の動作を行うようになります。
 この運動のプランを立てる部分が、複数のキーを連続して打つときの「運指」に関わっていることは容易に想像できるでしょう。したがって、脳のこの部分に繰り返し刺激を与えてやることがタイピングの熟達には不可欠であると考えられます。

 よく使う「言葉→運指」の対応を練習するのがよさそうに思えるかもしれませんが、入力効率全体はあまり上がりません。多くの「言葉→運指」を練習して記憶するには、それなりの時間がかかります。言葉の入力方法を練習するように作られているソフトやテキストを用いると(達成感が得られやすい反面)、練習に多くの時間を費やすことになります。

「増田式」について

 増田忠士さんが1987年発行の『キーボードを3時間でマスターする法』で提唱した独自の練習原理は、当時から現在に至るまで一定の評価と支持を受け続けています。著者自身は、この練習法を「文字(キー位置)と手指の正確な条件反射[*5]を形成する」「手指の体操」であると位置づけています(『2時間でマスター 快適パソコン・キーボード』P.37)。

 「増田式」を簡単に説明すると、一定の順序で組み替えながら二個のキーを打つ「運指」の練習です。その際にどちらか一方のキーを固定して、もう片方を次々に変えていくところがポイントです。一巡したら、固定キーを一つずらして同じ要領で繰り返します。
 練習テキストに並んでいる文字列は一見無意味ですが、一定の順序に従って規則的に打鍵すれば正しく入力できます。つまり、練習中であってもミスタイプの確率が非常に低くなります。
 練習中の意識は、どちらかと言えば変化するキーに注目します。そのため、固定したキーは背景化して、あまり意識せずに打つことになります。その結果、一巡する間に一度だけ打ったキーは浅く顕在的に、毎回打った固定キーは深く潜在的に記憶されます。全ての組み合わせの練習を終えたときには、各キーの打鍵動作は均等に顕在記憶と潜在記憶に残っている筈です。
 また、順番が予め決まっているので、それぞれの指に対して「まだだ(動くな)」「次だ(準備しろ)」「今だ(さあ動け)」という指令を明確に伝えることができ、運動を抑制したり準備したりする記憶が作られやすいとも考えられます。さらに何度か練習を繰り返すうちに、「運指」という時系列の運動も記憶されることでしょう。

 このように、「増田式」で練習すると、ミスタイプを抑制しながら正しい「打鍵」と「運指」を記憶することができます。これは非常に合理的な練習方法ですが、一見すると無意味で単調な打鍵の繰り返しであり、あまり疲れることもないため、練習したという実感が湧かないのが欠点といえば欠点でしょう。

入力方式の選び方

 入力方式[*6]選びのポイントは、できるだけ覚えやすくて入力しやすいものを選ぶことです。そのどちらをどのくらい重視するかによって最適な方式は変わるので、一概にどれか一つの方式を最高の入力方式だと言うことはできません。他人の意見に惑わされず、自分の判断で選んで下さい。

入力効率

 単純に打鍵数を比べるだけでは不十分です。キーの位置関係によって「1打鍵」の重みに差が出るし、入力方式によってはシフト打鍵を「1打鍵」と見なす場合があるからです。

 入力効率を知るには、実際にそのキーボードを使って文章を入力した場合に、

を見るのがよいでしょう。その評価の基準は、 という程度でも十分です(シフトを用いる入力方式の場合には、シフトキーの位置や運指も評価した方がより正確になります)。もっと詳しい基準を設定することもできますが、キーボードの特性や個人差も関係してくるので、あまり厳密に考える必要はありません。

習得効率

 タイピングは明らかに実技ですが、入力方式を覚えるにはペーパーテスト対策のような記憶法(いわゆる丸暗記)[*7]でも対処できます。文字配列と入力規則を「覚えやすさ」で評価する場合の基準は、

といったところです。このような記憶を頭に入れさえすれば、技能はともかくとして入力はできるので、これで間に合わせている人もいるでしょう。

入力速度曲線

 入力方式の総合的な評価には、入力速度曲線を用いるのが簡単です。横軸が練習時間(累計)、縦軸が入力速度のグラフです。入力方式を選ぶ際には、このグラフが役に立ちます。

 練習初期の段階で急上昇する入力方式は、それだけ習得や習熟が容易であると考えられます。逆に上昇は緩やかでも最終的な入力速度が高い入力方式もあります。その中からどれを選ぶかは、目的や状況によって判断すべきでしょう。

おわりに

 タイピングの練習方法も入力方式も表面的なことを比べるだけでは正しい選択はできません。自分がキーボードで何を入力したいのかをよく考えて、目的に合ったものを選ぶことが大切です。とはいうものの、考えるのはほどほどにして、自分の感覚で気に入ったものを選ぶのがよいと思います。好きなものを好きなようにやった方が身につきやすい[*8]からです。


[*1]
【適切な指づかいで目的のキーを正しく打つこと】
ここでは、一般に推奨されているタイピングの方法(各キーを担当する指を決め、指先の感覚でタイプするやり方)を前提にしています。
[*2]
【「文字→位置→打鍵」という記憶の連鎖が成立する】
「位置」を経由せずに「文字」から「打鍵」へと直結できるという反論もあるでしょうが、運動の記憶が空間的な位置関係を抜きにして成り立つとは想像し難いので「位置」の記憶が介在していると考えました。これは、必ずしも「配列図」のような視覚的なイメージで記憶されているという意味ではありません。
[*3]
【単純な動作には脳のある部分しか使わない】
大脳の前頭葉にある「運動野」という領域です。ここから身体各部の筋肉に向けて随意運動の指令を発信しています。また、この指令のコピーは頭頂葉にも送られています。頭頂葉は、この情報と感覚系からフィードバックされた情報を照合して実際の運動を細かく補正しており、空間的な制御にも関係していると考えられています。
[*4]
【複雑な動作が必要な場合は、脳内の別の場所で…】
運動野の前方にある「運動前野」と「補足運動野」という領域です。運動前野は運動の準備段階で活動し、補足運動野は複雑な運動を起こす前に活動することが観察されています。また、補足運動野は、運動を起こす直前にプランを立てていると考えられています。
このほかにもタイピングに関係していると考えられる部位はたくさんあるようです。中でも、前頭葉の前頭連合野にあるワーキングメモリの働きは興味深いもので、初期の練習時には重要な役割を果たしているものと考えられます。それから、小脳が運動の調整以上の高度なことをやっているという研究もあり、タイピングに脳のどこがどのように関わっているのかを正確に把握するのは難しそうです。
[*5]
【文字(キー位置)と手指の正確な条件反射】
厳密には、形成されるのは「技能記憶」ですが、一般に陳述記憶(意味記憶やエピソード記憶)を連想させる「記憶」という語を避けるため、ここでは技能記憶と同じ手続き記憶に属する「条件反射」という用語を使っているものと思われます。
[*6]
【入力方式】
広い意味では音声入力や文字認識なども入力方式に含まれますが、ここではキーをタイプして文字を入力するものに限定します。
また、「仮名漢字変換」の対話的操作に立ち入ると話が見えにくくなるので、「文字配列」と「入力規則」によって明確に規定できる部分(具体的には、ローマ字入力・JIS仮名入力・親指シフト・2ストローク系漢字直接入力など)を前提にしています。
[*7]
【ペーパーテスト対策のような記憶法(いわゆる丸暗記)】
このやり方で対処できるような記憶の形成を、私は「習得」と呼んで、技能の上達を意味する「習熟」とは区別しています。「習熟」というと熟練の度合も評価することになる(そのためには入力速度を比較することになり、それには入力効率が影響する)からです。
いかに早く「習熟」できるかを比較したければ、入力速度曲線を用いれば良いでしょう。しかし、それは「習得の容易さ」と「入力の容易さ」を分離する目的には合いません。
[*8]
【好きなものを好きなようにやった方が身につきやすい】
好きなようにやってみて、うまくいったらそれで良いし、うまくいかなかったら、そのときに考えても遅くはありません。最初は肌に合わないと思っていたものの良さが見えてくるということは、よくあることです。

参考文献

キーボード/タイピング/入力方式関連

脳/記憶/意識関連


[ リンク集 | キーボード | 漢字直接入力 | m(as)m's home position ]