2009年6月アーカイブ

 昔、むかし、ある山に、禁太郎という男がいた。禁太郎は、小屋に籠ってゲームをやったりテレビを見たりして暮らしていたが、さすがに退屈になってきた。

 ある日、ビンテージ物の真っ赤な腹掛けを着た禁太郎が久しぶりに小屋の外に出たところ、どこからか「ケシカラン、ケシカラン」という野太い声が響いてきた。あたりを見回すと、目の前の地面に大きな穴があいている。どうやら、この穴の中で誰かが叫んでいるようだ。

 禁太郎が恐る恐る覗き込んでみると、穴の底に大きな熊が座っていて、映りの悪いテレビに向かって罵声を浴びせていた。
 「まったくケシカランやつだな、この鹿野郎!」
 何だよ、このタイミングでその話かよと思ったが、こうなったら仕方がない。禁太郎は、穴の底にいる熊に向かって声をかけた。
 「おーい、熊くーん」
 しかし、熊は急に黙り込んでテレビをじっと見ているだけだ。
 「そのケシカラン鹿を、やっつけに行こうよー」
 しかし、熊は無視し続けている。そこで、禁太郎は腹掛けの中から取り出した棒を熊に向かって投げ落とした。棒は熊の頭に命中し、熊は思わず「痛いな!」と叫んで上を睨んだ。
 「ごめーん。それはー、僕が作ったー、禁太郎飴だよー」
 熊はそっぽを向いた。
 「その切り口をー、よく見てごらーん。僕の顔が描いてあるだろー? ほっぺたのところにはねー、ハチミツが入っているんだよー」
 「それを早く言えよ」
 熊は、急いで禁太郎飴を拾って、口に入れた。
 「どうだーい、ほっぺたがー、とろけるだろー?」
 ガリガリと噛み砕いてあっと言う間に平らげた熊は、禁太郎を見上げてこう言った。
 「おまえはー、いいやつだなー。もう一本くれーっ」

 こうして、禁太郎は熊にまたがって、ケシカラン鹿を退治する旅に出た。はたして、禁太郎は、ケシカラン鹿を打ち倒すことができるのだろうか? はたまた、今ごろ出発して本当に間に合うのだろうか? 次回、「禁太郎と岩山の猿」に続く。

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 熊にまたがって、ケシカラン鹿退治の旅に出た禁太郎。その行く手にいきなり立ち塞がったのは大きな岩山だった。その岩山を見上げていると、こんな声がした。
 「おーい。オレをここから出してくれー」
 しかし禁太郎は、その声を無視して岩山を避けて通ることにした。
 「出してくれたら、すっげえジーンズをあげちゃおうかなー」
 禁太郎は、思わず熊から飛び下りて岩山を駆けのぼった。
 「どこ、どこ?」
 声の主は、岩山の中ほどから顔を出している一匹の猿だった。

 「いやあ、これ、前から欲しかったんだよ」
 すっげえジーンズをはいた禁太郎は、上機嫌。
 「それにしても、熊くんは穴掘りが上手だよなあ」
 熊は何も言わずに禁太郎飴をガリガリと貪り食っている。
 「うまそうだな、それ。オレにもくれよ」
 猿がそう言うと、禁太郎が腹掛けの中から禁太郎飴を一本取り出して猿に渡した。
 「ほら、この切り口のところに僕の顔が描いてあるだろ? ほっぺたのところにはマヨネーズが入っているんだよ」
 猿は禁太郎飴をちゅうちゅう吸い始めた。

 「それは、ケシカランな」
 禁太郎の話を聞いた猿はこう言った。
 「よーし。おれもなまかに入るぞ」
 こうして、ケシカラン鹿退治の旅に猿が加わった。

 熊にまたがった猿と禁太郎は、とりあえず西へと向かった。こんなことで本当に大丈夫なのだろうか? しかし、このときはまだ、背後から忍び寄る影に誰一人として気付いていないのであった。次回、「禁太郎と角のある馬」に続く。

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 熊にまたがり、西への旅を続ける猿と禁太郎。四方山話で道中の退屈を紛らわせている。

 「猿くん、このあいだ、生最中って言ってたけど、それ、おいしそうだね」
 「生最中? おれ、そんなこと言ったっけ…」
 「最中の中に生クリームが入ってるのかな。それとも生キャラメル?」
 「ああ、生最中じゃないよ。“なまか”だよ、“な・ま・か”」
 熊はのっしのっし、その後ろからぽっくりぽっくり。

 「じゃあ、僕と猿くんと熊くんは“なまか”ってこと?」
 「そう。みんな“なまか”だ」
 「そういうの、何だか楽しいね」
 「うん。何だかよく分かんないけど、妙に懐かしい響きだね」
 熊がのっしのっし、その後ろからぽっくりぽっくり。

 「さっきから、誰かついてきてるぞ」
 「そうだね。犬だったらいいな」
 「何で?」
 「犬と猿と雉がそろったら、桃太郎と同じになるなって思ったんだ」
 「ふーん」
 「猿くんは、誰がいい?」
 「そうだな、あとは猪だな」
 熊がのっしのっし、その後ろからぽっくりぽっくり。

 「えーっ、禁太郎って河童じゃなかったの?」 
 「失礼だな。僕は人間だよ」
 「でも、頭にお皿があるんだろ?」
 「違うよ。これは、こういう髪型なの」
 「あ、ほんとだ」
 熊がのっしのっし、その後ろからぽっくりぽっくり。

 「あのー、お話し中、すいませんが…」
 これまでずっと黙ってついてきていた馬が、ついに禁太郎たちに声をかけてきた。熊が足を止め、猿と禁太郎が振り向いた。すると、そこにいたのは、犬でもなく、雉でもなく、猪でもなく、ぽっくりぽっくりと歩く、あの馬だった。そして、その馬の頭には、あのケシカラン角が生えていた。

 ここまでは予定通りの展開だったが、現実の方が全く進展しないという予想外の危機的状況に追い込まれた作者は、ここでついにネタを水増しして話を引き伸ばすという暴挙に出た。次回、「馬になった殿様の話」に続く。

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 鹿の角を生やした馬が「こりゃあ、たまりません」と、禁太郎飴をガリガリと齧り、禁太郎が「でしょでしょ。今回は角砂糖ベースで、ほっぺたのところにはニンジンが入っているんだよ」と説明して、ケシカラン鹿を退治する旅に、鹿の角を生やした馬が加わった。

 馬の話では、その後、突然いなくなってしまった飼い主一家の行方を捜しているのだという。退屈していた一行が、その話で大ウケしたのに気をよくした馬が、調子に乗って馬鹿話をしながら、西へ西へと歩き続ける。熊の背には禁太郎、馬の背には猿がまたがっている。

――鹿の角を生やした馬は、こう語った。

 昔、ある国に、わがままな殿様がいたそうです。この殿様は、他人の言うことに耳を貸さず、何でもかんでも自分の思い通りに決めていました。

 ある日のことです。いつの間にか、殿様が行方知れずになりました。町や村の人々の暮らしぶりには無関心な殿様でしたから、お忍びで城の外に出るようなことは間違ってもするはずがありません。家臣たちは、いちおう城内を捜してみましたが、どこにも殿様は見つかりませんでした。

 実は、城中の庭の片隅に誰が掘ったものやら分からない古井戸があって、殿様はその中に落ちていたのです。

 三日後になって、やっと井戸から助け出された殿様は、耳だけでなく、全身が馬の姿になっていたということです。その古井戸の中で三日三晩を過ごした殿様は、地の底でつながっている井戸の奥から、町や村の人々の声が伝わってくるのを聞いて、これまで自分が人々の暮らしのことを何も知らなかったことを思い知らされたといいます。殿様は、これは罰があたったのだと反省し、それから後は、町や村の人々の話をよく聞くようになったという話です。

――ここで、馬の背に乗っている猿が尋ねた。

 「殿様は、その後もずっと馬の姿のままだったの?」
 すると、馬はこう答えた。
 「そうですよ」
 猿は、首を傾げている。何か納得できないことがあるようだ。
 「町や村の人たちは、どうしてその馬が殿様だと分かったのかな?」
 それは、もっともな疑問だ。さあ、どうする、馬?

――馬は、こう話を続けた。

 実は、殿様が行方知れずになったとき、城内の人たちは、ほとんど誰も心配なんかしていなかったのです。ただ一人だけ、殿様のことを本当に心配している男がいました。それは、殿様の馬の世話をしていた馬丁です。この馬丁の父親も先代の殿様の馬の世話係をしていました。今の殿様が子どもだった頃、この馬丁も子どもでしたので、よく一緒に遊んでいたのです。「竹馬の友」というやつですね。

 あるとき、若様が「かくれんぼをするぞ。そちが鬼じゃ」と言って、どこかへ行ってしまいました。子どものときからわがままだったんですね。ところが、さんざん捜し回っても若様が見つかりません。日が暮れて、どうしようもなくなって、べそをかきながら父親のいる馬小屋に行きました。すると父親は、そのことをすぐに先代の殿様に報告しました。

 当時の殿様は、わがままなところはありましたが、今の殿様とは違って、家臣たちからの信望があったのです。その話を聞いた殿様は、「そちの息子を連れてまいれ」と言いました。
 言われた通りに馬丁が息子を連れてくると、殿様はにっこり笑って「余と一緒に捜しに行こう」と言って、馬丁の息子の手を引いて、若様がかくれんぼをしていた庭に下りました。「ここかな? いや、ここにはおらぬぞ…。こっちかな? いや、こっちにもおらぬぞ…」などと言いながら、鶏小屋の裏の方へと導いていきました。そして、そこに、あの古井戸があったのです。

 殿様が行方知れずになったと聞いて、そのことを思い出した馬丁は、すぐに鶏小屋の裏へ行って、古井戸を覗いてみました。すると、やはり殿様がいました。馬丁が声をかけると、殿様は「遅いじゃないか」と言いました。
 それを聞いた馬丁は、昔、井戸の中から投げつけられた若様の言葉をありありと思い出しました。そこで、そのあとに投げつけられたもう一言を、井戸の中の殿様に投げ返してやりました。
 「もう遊んでやらんぞ」
 そして、三日間、誰にも古井戸の底に殿様がいることを話しませんでした。

 三日後に、古井戸の中から助け出された殿様が馬の姿になっていたことに、馬丁はたいそう驚きました。しきりに「罰が当たったのじゃ」と言って反省している殿様を見ると、少しかわいそうな気もしてきました。そこへ、先代の殿様がやって来て、こう言いました。
 「ちょうどよいではないか。町や村に用事のあるときは、この馬に乗って参れ。こやつの衣を着て行くがよい」

 こうして、殿様の格好をした馬丁が、馬になった殿様にまたがって、町や村に出て行くようになりました。人々は、馬に乗っているのが馬丁だとは知らず、ずいぶん気さくな殿様だなと思って、何やかやと話しかけるようになりました。もちろん、もう井戸の底に向かって不平や不満を叫ぶことはありません。

 このことから、「馬子にも衣装」という言葉ができたそうです。

――ここまで話した馬は、得意げに鼻を膨らませた。

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 馬が話し終わると、すかさず猿がこう言った。
 「じゃあ、次はおれの番だ」

――馬にまたがった猿は、次のように語った。

 昔、ある山寺に、とんち好きな和尚さんがいました。この和尚さんには、残念という名の弟子がおりました。その名の通り、本当に残念な弟子でした。

 あるとき、町まで行く用事ができた和尚さんは、弟子の残念に留守番を言いつけました。そして、和尚さんの部屋にある壷に入っているのは毒だから絶対に舐めてはいけないよと付け加えました。

 和尚さんがいなくなると、残念は、さっそく和尚さんの部屋に入って、戸棚から壷を取り出そうとしました。すると、後ろの方から「見たぞー」という声がしました。
 ぎくりとして振り返ると、障子の隙間から三匹の山猿が覗いていました。この三匹の山猿は、ミザル、キカザル、イワザルという、とても面倒な三兄弟です。

――ここまで話した猿は、急にクイズを出題した。

 「さて、ここで問題です。『見たぞー』と言ったのは、どの猿でしょう?」

――そして、何ごともなかったように、話の続きを語った。

 すると、残念は、ミザルに向かって「お前は何も見なかった」、キカザルに向かって「お前は何も聞かなかった」、イワザルに向かって「お前はこのことを誰にも話さない」と言いました。そして、三匹の猿に「いいな」と念を押しました。

 すると、イワザルだけは「僕はそういうキャラだからいいよ」と言いましたが、キカザルは「僕は見たことを和尚さんに話せるよ」と言い、ミザルは「僕だって聞いたことを和尚さんに話せるよ」と言いました。本当に残念な弟子ですね。

――ここで、作者は突然あることを思い付いて、猿の話を中断させた。

 「この続きは、またあとで」

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――馬にまたがった猿は、話を続けた。

 「おまえ、また水飴を舐めるつもりだろ」とミザルが言いました。「そんなことをしたら、また和尚さんに叱られるぞ」とキカザルも言いました。「おまえ、本当に残念なやつだな」とイワザルまで言いました。
 「うるさいな、黙ってろ」と残念が言うと、山猿たちが「黙るもんか」「舐めて叱られたらプラマイゼロじゃん」「おまえの頓智は猿知恵以下だ」と言いながら、和尚さんの部屋に入ってきて、残念を取り囲みました。
 「じゃあ、その猿知恵をみせてみろよ」と、残念が言うと、山猿たちが「よーし」「その勝負、受けて立とう」「叱られずに水飴を舐めた方が勝ちだからな」と言い出して、頓智と猿知恵の勝負をすることになりました。

 残念は、戸棚から壷を取り出して、三匹の山猿の前に置きました。
 「さあ、舐めてみろよ」と、残念が言うと、山猿たちは「おれが舐める」「いや、おれが」「いや、おれが先だ」と争い始めました。残念が思わず「じゃあ、おれがやる」と手を上げると、山猿たちは「どーぞ、どーぞ」と言いました。
 残念は水飴を舐めました。山猿たちがじっと見ていたので、いつもより余分に舐めました。
 「さあ、次はおまえたちの番だぞ」と、残念が言うと、急に山猿たちは逃げて行きました。
 「何だ、口ほどにもないやつらだな」

 残念が何食わぬ顔で庭掃除をしていると、山猿たちがやってきて、残念の方をちらちら見ながらひそひそ話を始めました。
 「お前たち、チクるなよ」と残念が言うと、山猿たちは「そんなこと、するもんか」と言いました。そこへ、和尚さんが帰ってきました。
 「留守中、何か変わったことはなかったか」と和尚さんに尋ねられて、残念は「はい」と短く答えました。山猿たちを見ると、ミザルは両手で目をふさぎ、キカザルは両手で耳をおおい、イワザルは両手で口をおさえていました。
 和尚さんは、首をかしげながら、部屋に入っていきました。

 しばらくすると、和尚さんが残念を呼びました。「また廊下の掃除をサボったな」という小言を聞きながら和尚さんについて行くと、なるほど確かに、廊下には山猿たちの足跡がついていました。残念は嫌な予感がしました。
 先に部屋に入った和尚さんは「まあ、ここに座りなさい」と言って、棚から壷を取り出しました。またお説教かと思って小さくなっていると、和尚さんが目の前に壷を置きました。
 「山猿たちの様子が妙だったので、もしやと思ってこの壷を見たら、水飴が減っておった」
 「毒ではなかったのですか」
 「ああ、そうだったな。そんなことより、あの山猿めをとっちめる手はないものか…」
 和尚さんは、山猿たちが犯人だと思い込んでいるようです。残念は、ほっとしました。
 「ぼさっとしてないで、おまえも少しは何か考えろ」

 「うーん…」と残念は唸り声をあげました。こういう頓智問題は大の苦手なのです。こんな目にあうのなら、和尚さんに叱られた方がマシです。
 「あのー、和尚さん」と残念が話しかけると、和尚さんは「おおっ、何か思いついたのか」と顔をほころばせました。
 「実は…。水飴を舐めたのは、わたしです」
 それを聞いた和尚さんは、がっくりと肩を落としました。
 「それは残念だな」

 和尚さんは、残念にたっぷりとお説教をした後で、疑ってしまったお詫びに三匹の山猿を招待して、水飴をたくさん舐めさせたという話です。

――こう話を締めくくった猿は、みんなのブーイングを浴びた。

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 猿の話を聞いた禁太郎たちは、口々にこんなことを言った。
 「結局、和尚さんまで山猿に騙されてるじゃないか」
 「そうだそうだ。猿ばっかりずるいぞ」
 「水飴なんて甘いだけじゃないか」
 「それに、どこにも頓智なんてなかったし」
 「そうだそうだ」
 「蜂蜜だったらよかったのに」
 猿はムッとして、禁太郎に言った。
 「じゃあ、頓智話を聞かせてくれよ」
 「いいとも」

――そして、禁太郎は次のように語った。

 山寺に帰ってきた和尚さんは、三匹の山猿がそれぞれ変なポーズをしていることに気付きました。見ざる、聞かざる、言わざるだなと思った和尚さんは、山猿たちにこう尋ねました。
 「嘘をつくと、閻魔様に舌を抜かれるという話を知っているかい?」
 山猿たちはうなずきました。
 「見たことを見なかったと言ったり、聞いたことを聞かなかったと言ったりするのも、嘘をつくのと同じなんだよ。これは分かるかい?」
 ミザルとキカザルはうなずきました。
 「言いたくないことを言わないのは嘘ではないが、嘘つきをかばって何も言わないと閻魔様に嘘つきのなかまだと思われてしまうことになるぞ。これも分かるね?」
 イワザルはうなずきました。
 「よろしい」
 そして、和尚さんは言いました。
 「それでは、みんな一緒に、わたしの部屋まで来なさい」

 和尚さんが部屋に入ると、その後から残念と三匹の山猿がついてきました。
 「みんな、そこに座りなさい」
 そう言って、和尚さんは棚から壷を取り出して、みんなの前に置きました。
 「さて、この中に、嘘つきがいる。それは誰だ?」
 すると、残念がこう言いました。
 「それは、和尚さんです。その壷の中には毒が入っていると嘘をつきました」
 和尚さんは「これは一本とられたな」と言って、みんなに壷の中の蜂蜜をごちそうしました。

――禁太郎の話が終わると、熊だけは大いに喜んだ。

 猿と馬は何となく腑に落ちないような顔をしていたが、しばらく経ってから「何だ、そういうことだったのか」と納得した。

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 旅を始めてから一週間が過ぎ、そろそろ馬鹿話の種も尽きてきた。禁太郎の一行は黙々と歩き続けている。禁太郎の話を聞いて喜んでいた熊も、「次は俺の番か」と言ったきり、ずっと黙り込んだままだ。

 しばらく考えていた熊が「駄目だ。頓智話なんて何も思い付かないぞ」と言うと、禁太郎は「別に頓智話じゃなくてもいいんじゃないかな」と適当なことを言う。「本当に何でもいいのか?」と念を押す熊に、猿と馬も「何でもいいから早く話してくれよ」と答えた。

――そして、やっと熊が語り始めた。

 昔、ある森に、一頭の熊がいた。冬になったので、熊は冬眠した。

  • 熊が眠っていると、チャリーンという音がした。そのまま眠り続けていたかもしれないが、そのことを熊は忘れてしまった。
  • 熊が眠っていると、チャリーンという音がした。今度は誰かに起こされて何だかややこしい質問をされ、それに答えてからまた眠ったかもしれないが、そのことを熊は忘れてしまった。
  • 熊が眠っていると、チャリーンという音がした。今度も誰かに起こされて何だかややこしい質問をされ、それに答えてからその誰かをむしゃむしゃと食べたあとまた眠ったかもしれないが、そのことを熊は忘れてしまった。

 そして、春になった。熊は空腹なようなそうでもないような妙な体調で冬眠から目覚めた。おまけに、熊の傍らには誰かの死体があるようなないような変な状態になっていた。熊は何だか無性に苛々してきた。

 すると、どこからか熊めがけて飛んできたような飛んでこなかったような矢を、熊は身をかわしたような身をかわさなかったような素早い動きをして、弓を構えていたような構えていなかったようなやつに襲いかかって、むしゃむしゃと食べたような食べなかったような腹ごしらえをした。

 この森に何頭の熊がいるのかは分からないが、その中で一番不機嫌な熊だということだけは確かだった。

 森で一番不機嫌な熊は、トロッコに乗り込んだ。熊を乗せたトロッコは、斜面を下りながら徐々に勢いを増していって、里が近づいてきたときには猛スピードになっていた。

――このように語った熊は、それっきり黙ってしまった。これで熊の話は終わりのようだ。

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 熊の話が終わると同時に、禁太郎たちの周囲に白いものが漂ってきた。それは、霞のようでもあり靄のようでもあり霧のようでもあった。山々が消え、道筋が消え、木々が消え、あっと言う間に四方八方が白い空間に飲み込まれてしまった。もちろんお互いの顔も姿も見えない。
 「おいおいおいおい」「何も見えんな」「うわあ、すげえな」「何ですかこれは」
 禁太郎も熊も猿も馬も身動きできなくなり、声を出すだけだ。
 「おい、あれは何だ」「何だろうな」「どこどこ」「何ですかあれは」
 前方から、何かが近づいてくる。
 「あれは…」「こっちに来るぞ」「あの姿は…」「鹿だ!」
 見覚えのあるシルエットだった。

 禁太郎は、その鹿の影に向かって、禁太郎飴を差し出した。
 「見えないかもしれないけど、切り口のところに僕の顔が…」
 しかし、鹿の影は反応しない。
 「ほっぺたのところにはポッキーが…」
 すると、鹿の影は「それを早く言えよ」と言うが早いか禁太郎飴にかぶりついた。

――その後、鹿の影は、「お前たちは、ちゃんと原作を読んでいるようだから特別に話してやるが」と前置きをして、次のように語った。

 つい最近――といっても二年ほど前のことだが――、“運び番”と“使い番”が、デジクラとかプリカメとかいうものには鹿の姿が写ると言っていた――何? 「デジカメとかプリクラとかだろう」だと? 分かっているなら黙って聞け――そうそう、そのデジタルとかいうものを人間が使うようになったせいで、印を付けた運び番と使い番の正体が暴かれる危険が出てきたわけだ。これは次回までに対策を立てておかなくてはならない。それで、デジタルに詳しくて使えそうな人間を捜していたのだが、まあ百八十年後までに間に合えばいいからと、ついそのままにしておいた。

 ところが最近、地下のなまずが急に怪しい動きを始めた。“鎮め”の儀式が終わったばかりだというのに…。こんなことは、これまでの千八百年間、一度もなかったことだ。そこで、急遽、デジタルなんとかかんとかという役職についている真面目そうな人間を臨時の“運び番”に指名した。毎度のことだが、その人間もなかなか本気にしなかったので、印を付けてやった。
 それがどうもいかんことになったらしくて、人間たちは大騒ぎだ。まったく何がどうなっとるのかさっぱり分からんが、なんでもテレビとかいうのもデジタルだからそれに鹿の姿が写ると仕事ができなくなるという話で、しばらくの間、何か別の理由をでっちあげて休暇を取ったらしい。しかし、休んでいる間に鹿の姿がデジタルに写らないようにする技が編み出されたということだから、結果的には良かったのではないかと思う。その人間には“運び番”を断られてしまったが…。

 ところで、お前たちがケシカランと言っているあの妙な角をつけた鹿は、我々とは一切無関係だ。退治したければすればよい。しかし、あんな雑魚を退治しても何の意味もないだろう。
 そんなことよりも、今は地下のなまずの方が大問題だ。何らかの原因で地下の水脈に異変が起きて、そこからなまずが力を得ているような気配がある。あんな雑魚を退治するよりも、こっちの方がやりがいがあるぞ。どうだ、やってみないか?

――これで、鹿の影の話は終わった。

 禁太郎たちは、鹿の影の尻からポロポロと落ちている鹿の糞の影を眺めながら、さてこれからどうしようかと考えていた。この続きはあるかもしれないし、ないかもしれない。

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作者からの残念なお知らせ
 続きを思い付いてしまいました。もう飽き飽きしているかと思いますが、今しばらく御辛抱ください。


 白い空間に新たな影が現われた。それは大きな犬にまたがった姫のシルエットだった。この姿は、どこかで見たことがあるぞ。さては、かの有名な姫だな、と禁太郎たちは思った。
 大きな犬の影から降り立った姫の影は、鹿に一礼した後、禁太郎たちのいる方を向いた。凛とした気を放っている。
 鹿の影が紹介した。
 「こちらは、犬神とその“使い番”の御方だ。我々だけでは力が及ばないので、犬神に助力をお願いしたのだ」
 姫の影は、無言で禁太郎に歩み寄った。幣を両手で掲げ持ち、禁太郎の前で深々と御辞儀をする。禁太郎は、お祓いをするのだろうと思い、御辞儀を返した。すると、姫の影は右肩の上に構えた幣をほぼ水平に激しく一振りしたかと思うと、すぐさま両手両足を互い違いに振りながら大きく飛び上がり、着地した。同じ動作をもう一回した後、深々と御辞儀をした。(これと同じ一連の動作は、以下〔お祓い〕と略記する)
 禁太郎が御辞儀を返すと、姫の影は腹掛けをつかんで奪い取った。呆気にとられて見ていると、姫の影は、禁太郎の腹掛けを鹿の影の腹部に付けて、鹿の影の前脚を持ち上げた。そして、厳かな声を発した。
 「××ジカ!」
 そのまましばらく間をおいて、姫の影は鹿の影の前脚を下ろして腹掛けを外した。次に、腹掛けを自分の腰に巻きつけて、鹿の影の角の部分を両手でしっかりと持ち、自分の体を水平に浮かせた。腰に巻きつけた腹掛けがはためいている。そして、厳かに一言。
 「××シカ!」

 次に、姫の影は馬の前に立ち、〔お祓い〕をした。馬が御辞儀を返すと、姫の影は馬の頭の角をつかんで奪い取って、自分の頭に付けた。そして、厳かに一言。
 「×んとくん!」
 そのまましばらく間をおいて、頭から角を外し、角の先を組み合わせて顔の前にかざした。そして目の高さで前後にゆっくりと動かした。そして、厳かに一言。
 「×ントくん!」

 ここまで見た禁太郎は、こう思った。「たぶん、かの有名な姫の名をもじった姫なのだろう」

 さらに、姫の影は、猿と熊にも〔お祓い〕をしたが、奪い取る物が何もなかったためか、禁太郎の腹掛けと馬の角を使って、無言劇を演じた。

 まず、腹掛けを地面に敷いて、四角いエリアを作った。次に鹿の影を招き寄せて、そのエリアの周囲をゆっくりと歩かせた。一歩、二歩、三歩。そして後退。一歩、二歩。その繰り返しを延々と続けた。すると、腹掛けの四隅のあたりから芽が出て、葉を広げ、花が咲き、萎れていった。ここで、鹿の影を退場させ、犬神の影を呼び寄せた。
 犬神の影が腹掛けの周囲をゆっくりと歩き、隅のあたりに来ると地面の匂いを嗅ぎ、ここを掘れという素振りをする。姫の影は、馬の角を使って地面を掘り、茎を引く。里芋が二個実っている。これを繰り返し、四本の茎にそれぞれ二個ずつ実っている里芋が引き上げられた。姫の影は、掘り出した里芋を、鹿の影の背中の上に並べた。そして、厳かに一言。
 「掘った芋!」
 そのまましばらく間をおいて、里芋を腹掛けの上に並べた。そして、猿と熊と馬と禁太郎を招き寄せた。姫の影を見ると、手でつかんで持ち上げる身振りをしている。どうやら、収穫物を分け与えようということらしいと思って、各自、目の前にある里芋に手を伸ばすと、ひときわ厳かな声が響いた。
 「いじるな!」

 しばらく後、腹掛けの四隅を持ち上げて里芋を包めという意味だと分かって、その通りにした。すると、腹掛けの中の里芋はまぶしい光を放ち始めた。そして突然、四つの光がはじけ飛び、空の彼方へと四散した。腹掛けの中に残った四つの光は次第に弱まっていった。
 姫の影に促され、禁太郎たちが恐る恐る腹掛けに近づいて見ると、そこには四つの玉があった。手に取って見ると、透き通った玉の中には「禁」の文字が浮かび上がっていた。

 ここで禁太郎は、真相に思い至った。「ということは…。そっちの姫のもじりだったのか!」

 こうして禁太郎たちは、空の彼方に飛び散った四つの玉を捜す旅に出ることになってしまった。


作者からの余分な補足説明
 もう、お気付きかと思いますが、文中の「かの有名な姫の名をもじった姫」の名は、「もの×け姫」です。しかし、このもじりは既にいくつも前例があることが分かったため、没にしました。
 ちなみに、「そっちの姫のもじり」というのも文中には書きませんでしたが、もちろん「伏せ×姫」です。こちらも前例があることが分かったため、没となりました。今後は「×××姫」という名前で活躍することになると思います。

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 だらだらと続く上り坂で馬鹿話をする者もなく、みんな退屈していた。馬に乗った猿が、道の傍らに落ちている古そうな靴を見つけた。猿はすぐに馬から下りて、それを手に取って見た。
 「何だ、この靴、壊れてるじゃん」
 猿が放り投げたのを見て、禁太郎がこう言う。
 「ああ、それはサンダルだよ。壊れてるんじゃなくて、元々そういう形なんだ」
 「ふーん、そうか」
 それを聞いた×××姫の耳がぴくりと動いた。どうやら何かひらめいたらしい。犬神から飛び下りてサンダルを拾い上げたかと思うと、禁太郎の腹掛けと馬の角を奪い取った。さて、今度は何をやるのかと一同が見ていると、×××姫は、(両手に持った角が邪魔で苛々しながら)サンダルを足にはき、腹掛けを後ろ前に着て、両手で髪をおかしな形にまとめながら角を頭の両側に付けた。そして、厳かに一言。
 「×んとくん!」

 数秒間の沈黙の後、禁太郎が言った。
 「さ、行こうか」
 熊は「何でも伏せ字にするなって。まんとくんは××ジカとは違って二次創作には寛容なんだぞ」とぶつぶつ言っている。禁太郎が「えっ、今の、まんとくんだったの?」とボケると、馬が「じゃあ、何だと思ってたんですか」と突っ込む。
 呆然と立ち尽くしている×××姫の足に、猿が飛びかかった。
 「それ、返せよ。俺が見つけたんだぞ」
 しかし、×××姫は例の〔お祓い〕のステップで抵抗する。

 すったもんだの末、やっと奪い返したサンダルをはいた猿は、先を行く禁太郎たちを追いかけた。
 「おーい、待ってくれよー」と言ってる間に追い付いてしまった。「すげーな、このサンダル!」
 そう言って猿が振り返ると、とぼとぼと歩いている×××姫の姿が小さく見えた。
 そのとき突然、猛烈な強風が襲いかかった。風がおさまって目を開けると、×××姫が羽織っていた腹掛けが吹き飛ばされ、空高く舞い上がっていた。

 「ほらね。これで一勝一敗だ」と、北風が言った。

 猿は、宙に舞っている腹掛けに向かって跳び上がった。見事に腹掛けをつかみ、物理的には有り得ない軌跡を描いて元の地点に戻ってきた猿は、サンダルをじっと見ている。
 「すげーぞ、このサンダル!」

 こうして、猿は飛躍的跳躍力を手に入れた。しかし、この能力が地下のなまずとの戦いに役立つかどうかは謎である。次回、「玉をなくした禁太郎」に続く。

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前回のあらすじ
 サンダルをはいた猿が、風で飛ばされた禁太郎の腹掛けを取り戻した。(そもそも禁太郎って誰だよ?


 「どうもありがとう」
 猿から受け取った腹掛けを、禁太郎は身につけようとした。
 「あれっ? 玉がないぞ」
 禁太郎は腹掛けの裏側を調べている。
 「秘密のポケットに入れておいたのに…」
 縫い目の片側が半分以上ほどけていた。たぶん、さっき×××姫がもの×けをやろうとしたときに馬の角をひっかけたのだろう。(そもそも馬の角って何だよ?
 「何だかとっても嫌な予感がするな…」
 そう言って、禁太郎が坂の下に目を向けると、×××姫の後ろ姿が見えた。誰もいない空間に向かって、例の〔お祓い〕をしているようだ。(そもそも×××姫って誰? それと〔お祓い〕って何のこと?
 目をこらしてよく見ると、×××姫の足元には、禁太郎の“禁”の文字が浮かび上がる不思議な玉が…。
 「あーっ!」と禁太郎が叫び、猿は地面を蹴った。
 しかし、遅かった。×××姫が、でたらめに一振りすると、馬の角は見事に玉の芯をとらえた。玉は飛び、猿が追う。そして、玉の行く手には…。

 禁太郎が息急き切って駆けつけると、猿は池のほとりに佇んでいた。
 「いや、池というより、これは沼だね」
 すると、沼の底から、ぬーっと自由な女神が浮かび上がって来て、こう尋ねた。
 「あなたが落としたのは、この“金”の玉ですか、それともこっちの“禁”の玉ですか?」
 女神は、両手に乗せた玉を見せ、妖艶に微笑んでいる。(しつこいようだけど、そもそも自由な女神って誰?
 「いや、女神というより、これは河童だね」
 次回、「河童の姫と“金”の玉」に続く。

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 禁太郎は、腹掛けの中から取り出したものを河童の姫に見せました。
 「これが、俺の禁太郎飴だ」
 「まあ、すごいわ」
 「さあ、早くしゃぶってくれ」
 河童の姫は、禁太郎飴を口に含みました。
 「ああ、こんなの初めてよ」

――ここまで話したとき、×××姫は馬に蹴り倒された。

 「僕の角で、変な人形劇をしないでください」
 そこへ、顔を洗いに行っていた禁太郎が戻って来た。
 「えーっと。どこからやったらいいのかな?」
 「そうですね…」
 架空の台本のページをめくりながら、馬が答えた。
 「沼の中から河童の姫が現われるシーンからやり直しましょう」

 すると、沼の中から、河童の姫がひょっこりと顔を出して、こう言った。
 「あなたが落としたのは、この“金”の玉ですか、それともこっちの“禁”の玉ですか」
 顔の高さに掲げた両手には、まったく同じ大きさの透明な玉が握られている。
 「僕が落としたのは“禁”の玉です。そっちじゃなくて、こっちの…」
 禁太郎が“禁”の文字が浮かび上がっている方の玉を指さすと、河童の姫は妖艶な微笑みを浮かべて、こう言った。
 「あなたは正直な人間ですね。それにその髪型も気に入りました」
 そして、沼にもぐり、禁太郎のいるほとりに向かって泳いできた。
 沼から上がってきた河童の姫は、裸だった。さっきはここで不覚にも鼻血を流してしまった禁太郎は、今回はどうにか持ちこたえた。しかし、その次に、河童の姫に裸のまま抱きつかれてしまったとき、禁太郎の我慢は臨界点を突破した。

 「話が進まないから、そこはカットして、河童の姫が話をするシーンからいきましょう」
 馬が、架空の台本の十数ページ分をびりびりと破り捨てながら言った。角を取り上げられた×××姫は、人形に見立てた両手をくんずほぐれつさせ、大人しく遊んでいる。

――そして、河童の姫は次のように語った。

 今から三日前のことです。何か明るく光るものが見えたので、私は水面から顔を出して空を眺めていました。まだ昼間なのに星が見えるのは珍しいことです。これがほうき星というものだろうかと思いました。そのほうき星はだんだん大きくなって、この沼に近づいて来るように見えました。私は恐くなって家に帰りました。

 その夜、夢の中に妖精が出てきて、こう言いました。
 「あなたは今日、空から落ちてくる光を見ましたね」
 私が頭の中で「はい」と答えると、妖精には、それが聞こえたようでした。
 「明日の朝、大寺院へ行って『生命の樹』の根本をご覧なさい。あなたが見つけた光は、そこにあります」

 翌朝、私は妖精に言われた通りに、大寺院へ行って『生命の樹』の根本を見ました。すると、そこには、この不思議な玉が落ちていたのです。光にかざして見ると“金”の文字が浮かび上がりました。
 すると、私の後ろから長老の声がしました。
 「おや、姫じゃないか。何か困ったことでもあったのかな」
 私が不思議な玉を見せて、これまでの話をすると、長老はこう言いました。
 「それは『善の果』だな。姫が最初に見つけたのだから姫のものだ。それを持っていると何かいいことがあるかもしれないよ」

 そして、今日、これと同じような玉が空から降ってきたのです。

――ここまで話した河童の姫は、裸のまま再び禁太郎に抱きついた。

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 「今日からあんたが乗せてくれよ」と熊が言うと、馬は「別に構いませんよ」と快諾した。
 そんなわけで、禁太郎と河童の姫は馬の背に仲良くまたがっている。ぽっくりぽっくり。
 熊には猿が乗っている。のっしのっし。犬神の背には×××姫。すたすたすた。

 道中、河童の姫がいろんな話をした。自分が姫と呼ばれているのは大金持ちの娘として生まれたせいであり、河童の社会は王制ではないこと。河童は衣服を着ないこと。河童の雌が気に入った雄を追いかけて抱きつくのは普通だということ。などなど。
 ぽっくりぽっくり。のっしのっし。すたすたすた。

 猿は、河童の次になまかになるのは、やっぱり猪だろうなと予想していた。しかし、あの鹿の話から、あの勇敢な姫の話につながらなかったことが、どうも腑に落ちない。伏線が何本も張ってあったんだけどな。今こうして俺が考えているということは、このネタは没になったということか。残念だなあ。
 ぽっくりぽっくり。のっしのっし。すたすたすた。

 夜になった。

 ぐーぐーぐー。すやすやすや。むにゃむにゃむにゃ。
 もぞもぞもぞ。はあはあはあ。あっあっあっ。
 こそこそこそ。ちくちくちく。あっ、いたいっ。

 夜が明けた。禁太郎は目を覚ました。きれいに畳んだジーンズはあったが、腹掛けが見当たらない。河童の姫は静かな寝息を立てている。ジーンズをはいて、あたりを捜していると、朝もやの中から×××姫が現われた。禁太郎の腹掛けを持っている。禁太郎は、×××姫が黙って右手で差し出した腹掛けを受け取った。
 綻びたポケットが、不器用に繕ってあった。
 「直してくれたんだね。ありがとう」
 そう禁太郎が言うと、×××姫は右手を差し出した。
 「そういえば、禁太郎飴をまだあげていなかったよね」
 ×××姫は何度も頷いた。
 「でも、困ったことに、何が好物なのか全然見当もつかないんだよ…」
 すると×××姫は、こう言った。
 「××××××!」
 「あっ、そうか。その手があったか」

 禁太郎は、腹掛けから禁太郎飴を取り出した。
 「ほっぺたのところには、××××××が入ってるよ」
 ×××姫は喜んで、禁太郎飴を食べ始めた。よほど××××××が好きなのだろう、夢中になって、ずっと背後に隠していた左手を出している。その指には包帯が不器用に巻いてあった。
 ×××姫が繕ってくれた腹掛けを見ながら、今までよく分かんない人だと思ってたけど、いいとこあるんだな、と思っていると、×××姫が腹掛けの下の方を指差して、厳かにこう言った。
 「禁×袋!」
 やっぱりよく分かんないな、と禁太郎は思った。


“他一篇”は、18:30頃から、適当なBGMを思い浮かべながらお読みいただくと、気分が出ます。


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 昔、ある島国にジョナサンという名の少年がいました。ジョナサンは空想するのが大好きでした。毎日、窓から港を見ては、いろんなことを考えていました。

 今日も、ジョナサンは、港を見ながら空想をしています。港には大きな船が停泊していて、その上をカモメが飛び交っています。
 「大人になったら、あのカモメみたいに自由に空を飛んでみたいな…」
 ジョナサンは、そんなことを言ってみましたが、すぐに言い直しました。
 「いや、そっちじゃなかった。大人になったら、船に乗って世界中を旅してみたいな」
 世界中を旅行して、いろんな不思議な体験をするのがジョナサンの夢でした。

 夢といえば、夜、眠っているときにも、ジョナサンはいろんな不思議な夢を見るのでした。そしていつも、目が覚めるとちょっと困ったことになっているのですが、ジョナサンはそんなことも気にせずに、明るく楽しく過ごしていました。

 ある晩のこと、ジョナサンは、大男になった夢を見ました。最初は細い紐で体中を縛られていましたが、ジョナサンが大人しくしていると、小人たちが王様のところへ連れて行ってくれました。小さな可愛いお城でした。
 そこで、いろんなことをして遊んでいると、お城が火事になりました。でもすぐに、ジョナサンの活躍で火を消し止めることができました。

 目がさめると、ジョナサンの世界地図に新しい島ができていました。
 「大人になったら、どんな国に行こうかな…」
 そう考えながら、ジョナサンは胸をわくわくさせました。

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 ジョナサンは、少しだけ大人になりました。夢の中で火事を消しても、もう目が覚める心配はありません。

 そして、小人の国から無事に帰って来たジョナサンは、世界地図を眺めながら「今度は、どんな国に行けるのかな」と空想しました。でも、この地図に新しい国が描かれることがもうないのかと思うと、ちょっと残念な気もしました。

 ある夜、ジョナサンは夢の中で巨人の国に流れ着きました。欲張りな農夫に捕まって見世物にされましたが、ジョナサンの芸が評判になって、それを聞いた王妃がジョナサンを買い取ってくれました。お城に行っても、ジョナサンは人気者です。女官たちは、面白がって丸裸にしたジョナサンを抱きかかえたり、ジョナサンの目の前で素っ裸になって着替えたりします。ジョナサンは、じっと我慢していましたが、その中でも一番の美人が、ジョナサンを乳首に跨がらせたり、その他いろいろな悪戯をやっているうちに…。

 ジョナサンが目を覚ますと、世界地図に新しい国ができていました。

 世界はまだまだ広いぞ。頑張れ、ジョナサン!

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 そして、ジョナサンは大人になって、子どもの頃に見たような夢を見なくなってしまいました。ジョナサンは、結局、船乗りにはならずに、地味で堅い仕事をしていました。

 ある日、ジョナサンは屋根裏のガラクタを片付けていて、キャンディーの缶を見つけました。振ると音がします。蓋を開けてみると、ドングリが一個入っていました。「何だったっけなあ…」と思いながら、ジョナサンが炭坑の仕事を終えて歩いていると、空に光るものが見えました。立ち止まって見ていると、その光がだんだん近づいてきました。「女の子が浮かんでるぞ。どこかで見た光景だな」と、ジョナサンは思いました。

 その少女の首には光る玉の付いたネックレスがかかっています。少女はゆっくりと下りてきて、地面に横たわりました。気を失っているようです。玉の光は次第に弱まっていき、最後に細い光の筋が天の一角に向かって伸びたかと思うと、消えてしまいました。ジョナサンが玉を手に取って見ると、“城”という文字が浮かび上がっているのが見えました。

 すると、いつの間にか、ジョナサンの隣に立っていた得体の知れない妙な生き物が、ネックレスを横取りしました。あっけにとられているジョナサンに、得体の知れない妙な生き物は一個のドングリを手渡したあと、にっと笑って空の彼方へと飛んで行きました。

 こうして、またジョナサンの旅が始まりました。

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 空から降りてきた少女は地面に横たわったまま眠っている。ジョナサンは困ってしまった。あの得体の知れない妙な生き物を追いかけて光る玉を取り返したいのだが、この少女を放っては行けない。手を触れて揺り起こすことはためらわれる。跪いて、少女の寝顔に向かって声をかけてみる。
 「起きてください、お姫様」
 自然に、そういう言葉が出てきた。すると、少女は目を開いた。
 「王子さ…」と、言いかけた少女は、ジョナサンの顔を見て、言い直した。
 「おじさま」

 ジョナサンは、これまでの経緯を少女に語りながら、これは夢の中のできごとなのだと悟った。こんな炭坑には一度も行ったことはないし、第一、自分が坑夫であるわけがない。
 ジョナサンの話を聞き終わった少女は、驚くべきことを言った。
 「すると、これはあなたの夢の中でもあるのですね」
 ジョナサンが黙っていると、少女はこう続けた。
 「そうです。これは、私の夢の中でもあるのです」

――そして、眠り姫は、次のように語った。

 私は、十五才になったときに百年間の眠りにつきました。その夢の中で、私は何度も目覚める夢を見ました。目が覚めるたびに、私はなぜか様々な人に変身しているのです。そして、これが夢の中の出来事なのだと気付いてから、出来事の奥にある意味を考えるようになりました。
 あなたが今見ている夢にも、奥の方に何か意味があるのだと思います。炭坑や光る玉や妙な生き物には深い意味はありません。もちろん今の私の顔形や服装にも意味はないのです。
 あなたが妙な生き物にもらったドングリを見せてください。これと同じものを、あなたは今日の昼間にも見たんですね。さあ、あなたの家に行きましょう。

――眠り姫は、ベッドで眠るジョナサンの横に現われて、語り続けた。

 この夢が終わったときに、私は本当の目覚めを迎えるのだと思います。あなたの話を聞いて、なんとなく、そんな気がしました。

 これが、昼間に見たドングリですね。この二つのドングリを比べてみてください。そうです。そっくり同じです。

――眠り姫は、ジョナサンの手からドングリの片方を取って、あることをした。ジョナサンが同じことをするのを待って、眠り姫は再び語り続けた。

 ここ数年、といっても眠っているので時間のことは正確には分かりませんが、夢の中に邪悪な気配が漂っているのを強く感じるようになりました。何者かが巨大な悪巧みをしているようです。この二つのドングリは、その何者かと戦えという意味だったのです。あなたと一緒に。

――眠り姫は、いつの間にか裸体になっている。ジョナサンも裸だ。そして、眠り姫は、こう言った。

 その前に、あなたの抱えている問題から片付けましょう。

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 「断る」
 ジョナサンは、ドングリを窓から投げ捨てた。

 ドングリがころころと転がって池の中へ落ちようとした瞬間、勢いよく水を噴きかけて撥ね返したドジョウが一言。「親譲りの水鉄砲だ」

 「なぜ?」
 そう問いかける眠り姫に、ジョナサンは服を着ながら答えた。
 「君は君の夢を見ていればいい。僕は僕の夢を見る。それだけだ」
 すると、眠り姫は消えた。

 ジョナサンが家の外に出ると、地面に落ちたドングリの周りで、得体の知れない妙な生き物が踊りを踊っていた。
 「光る玉を返してくれ」
 得体の知れない妙な生き物は、にっと笑って光る玉を差し出した。ジョナサンがその玉を手にすると、青白い一筋の光が天の一角を指した。
 ジョナサンはその方角を見定めてから、ゆっくりと走り始めた。両脚に力をこめて加速して、両腕を大きく拡げた。全身で風を聞きながら走り続けた。そして、軽く羽ばたいたとき、ジョナサンの体は宙に浮いた。

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 禁太郎たちが林の中でキノコ狩りをしていると、突然、一頭の獣が狂ったように駆け出してきた。「猪だ!」と猿が叫び、「逃げろ!」と馬が嘶く。禁太郎たちは一斉に逃げ始めた。

 このシチュエーションに心当たりのある方は、一連の凝った映像を思い浮かべてお楽しみください。適当なBGMを付け加えると効果的です。

 その狂暴な猪は倒れて、もがき苦しんでいる。気味の悪いペラペラしたものが猪に纏わりつき、ぐるぐると高速回転している。
 「何かに取り憑かれているようだな」と熊が言う。

 この展開に心当たりのある方は、まだ何も思い浮かべず、もう少しお読みください。

 それを聞いた×××姫が幣を手にして歩み出て、例の〔お祓い〕を始めた。すると、猪に纏わりついていた気味の悪いペラペラしたものは、ぐるぐると高速回転しながら退散して行った。猪は倒れたまま、ぴくりともしない。
 「死んだのか?」と猿が心配そうに覗き込むと、猪は急に起き上がった。そして、身振り手振りで何事かを語り始めた。

――以下、×××姫が通訳する。

 違います、違います。私は生きています。そして、猪ではなく豚であります。丸顔の少年、事情によって離れ離れになった、その丸顔を捜して旅をするピンクの豚でありまして。この山を、私が歩いておりましたところ、いきなり何者かが、背後から…。

――ここで、×××姫が、豚に問いかけた。

 「矢でも鉄砲でも持ってこい?」
 豚はぶるぶると首を振り、弓矢を構えるポーズと鉄砲を構えるポーズを何度か繰り返し、腕を組んで考えるポーズをして、頭上に“?”マークを浮かべた。
 「矢だか鉄砲だか分からない?」
 豚は、そうそう、それそれという身振りをしてから、後ろを向いて自分の尻を指差した。見ると、豚の尻にめり込んでいた透明な玉がぽとりと落ちた。
 ×××姫がその玉を拾い上げると、“矢”という文字が浮かび上がっていた。

 このキャラクターに心当たりのある方は、適当なBGMに乗ってダンスするピンクの豚を思い浮かべてお楽しみください。

 この様子を木陰から盗み見ている丸顔の少年がいた。それに気付いた×××姫が叫んだ。
 「おお、あそこにいるのは×××ではないか?」
 すると、ピンクの豚は頭上に“!”マークを浮かべてダンスを中断した。そして、丸顔の少年に向かって駆け出した。丸顔の少年は、はっとして逃げ始めた。ピンクの豚は丸顔の少年を追いかけて、飛びかかった。丸顔の少年は前のめりに転んで、ピンクの豚に押え込まれた。

 これは感動の再会なのか、それとも…。次回、「ピンクの豚の得意技・他一篇」に続く。

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 丸顔の少年が立ち上がると、抱きついていたピンクの豚は背中をよじ登り、肩ごしに丸顔の少年の顔を見た。すると、ピンクの豚は飛び降りて、頭を掻きながら謝る仕草をしはじめた。どうやら人違いだったらしい。丸顔の少年はピンクの豚に何かを投げつけて、独特の音をたてながら、逃げるように去って行った。

 肩を落として俯いている豚に、猿が近づいてきて声をかけた。
 「あんまり気にするなよ」
 豚は、無言で地面を見ている。
 「さっきは俺も、お前を猪だと思ってたんだから」
 何かの匂いを嗅いでいた豚は、それを鼻で強く吸った。

 すると、さっきの丸顔の少年と、得体の知れない妙な生き物が出現した。得体の知れない妙な生き物は、丸顔の少年が手に持っていた曲がったキュウリを奪い取り、その代りにドングリを一個渡して、どこかへ飛んで行った。

 「何だ、今のは?」と目をこすっている猿の横で、豚はドングリをむしゃむしゃと食べている。
 「どうかしたの?」
 禁太郎たちがやって来た。
 「お腹が減ってるんだね。そうだ、禁太郎飴をあげよう」
 禁太郎が腹掛けの中から禁太郎飴を取り出した。
 「切り口に僕の顔があるだろ? このほっぺたのところには、ちくわぶが入ってるんだよ」
 豚は虚無僧の装束に早変わりして、禁太郎飴を吹き始めた。そして、時々かじった。

 こうして、ピンクの豚が、禁太郎たちのなまかになった。


 “他一篇”は、18:30頃からお読みください。


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 その雲の上の地面に降り立ったときは、まだ夜更けだった。雲の中にかくれているのかもしれない城は暗くてよく見えない。酒場にもぐり込んでうとうとしていると、起こされた。
 「許可証をお持ちですか?」

 しばらく押し問答をした結果、Jは自分が誰かと間違われていることを知った。誤解をとこうとしても話がこじれる一方で埒が開かない。後から来ることになっているという二人の助手に会えば、人違いだと分かるだろう。

 Jは外に出た。すがすがしい朝の光の中、田舎町のような城が山の上に見えた。城へと続いているらしい村の道をさんざん歩き回って、なぜか城には近づけない気がして宿屋に戻ると、もう日が暮れていた。

 二人の助手がやって来た。二人はそっくりで、どっちがどっちだか分からない。Jは二人をまとめて「ハンプティ」と呼ぶことにした。後になって、なぜこのとき誤解をとかなかったのかと思い返してみたが、Jには、その理由が分からない。ただ何となく、この悪夢から目覚めることが不安だったような気もする。

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 Jは(幸いなことに測量師だと思われているようだったので)、翌朝から地図作りにとりかかった。ただし、二人の助手が道具一式を忘れてきたため、ありあわせの道具を使うしかない。もちろん、二人を同じ名前で呼ぶなどという馬鹿げた思いつきは、すぐに捨てた。

 Jとハンプティとダンプティ(とJが勝手に呼んでいる二人の助手)が測量をしていると、どこからともなく現われた村人たちが、ひそひそと言葉を交わしたりしている。Jが城へ続く道のことを尋ねると、村人たちは決まって困ったような顔をして曖昧な返事をしていなくなる。余所者を警戒しているのか、城に関する何らかの禁忌があるのか、判断がつかない。

 あるとき、村長と話す機会があり、城の主は国王ではなく何とかいう伯爵だということを知ったJは、その伯爵に面会する方法を聞き出そうとしたが、それは不可能だと言われてしまった。地方行政の長であっても城の中へは入れないということだ。村長は城の官僚組織についての複雑な話をしたが、結局、得るものはなかった。

 また、あるとき、城の人が訪れるという(Jが寝泊まりしているのとは別の)宿屋に測量の仕事を依頼した人物が宿泊しているというので、面会しようとしたが断られた。その宿屋で働くメイドらしき女性に覗き窓からその部屋を覗くことならできると言われたが、危険な匂いがしたので断った。

 Jは、村人たちと“城の人”との間には深い溝があることを確信していた。何としても城へ行って伯爵に会いたいものだと思いつつ、毎日、地図に新しい道を描き足していった。自分の足で歩き回った感覚では、村全体はほぼ円形をしている筈なのだが、なぜか地図上の村は、いびつな形にくびれていた。

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 Jと助手たちは根気よく測量と地図作りを続けたが、村の中央にそびえる山の中腹から上の部分だけが空白のまま残ってしまった。もちろん、その山の頂きに城があることは、わざわざ地図など作らなくても目で見れば分かることだった。

 城へと続くように見える道は、いく筋もあったが、実際にその道を歩いてみると、途中でぷっつりと途切れていたり、いつの間にか城から遠ざかる別の道に出てしまったりする。その道を引き返すと、行き止まりになったり、また別の道につながっていたりするのだった。つまり、何度やっても出鱈目な結果になってしまうのだが、決して城にたどり着くことはなかった。

 あるとき、仕事の依頼主からの(曖昧な表現であるため、公文書とも私文書とも解釈できる)手紙を届けに来た使者に(その後、城に帰るものと期待して)ついて行ったら、その使者の自宅に連れて行かれたことがあったが、その時に知り合った使者の姉が後日教えてくれた話によると、城の人がどの道から出てくるのかは予測不能だということだった。

 Jは、城から出てくる人がいるのだから、根気よく続ければ、いつかは城へと続く道が開ける筈だと考えていたが、一週間ほど試してみて(一度も成功しなかったため)、自分たちは城に拒まれているのだということを、ようやく悟った。

 Jは、(もう何十回めだか分からなかったが)唐突に断たれている道に出くわしたときに、ついに意を決した。二人の助手をポケットに入れたかと思うと、走り始めた。助手たちが「その先には道がないよ」と叫んだが、Jは落ち着き払ってこう答えた。
 「道だと? そんなものは必要ない」
 そして、Jは空へと舞い上がった。

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 突然空から闖入したJを、意外にも城の人びとは歓迎した。城の人びとは、明らかに村人たちとは異なっていた。

 「伯爵がお待ちかねです」
 一瞬、Jは耳を疑ったが、その中の一人は確かにこう言った。
 「伯爵が、私を待っているって?」
 Jが驚いて尋ねると、その人物は、こう答えた。
 「正確に言うと、あなたが作った村の地図を、首を長くしてお待ちになっているのです」
 そして、伯爵と面会できるのは夜に限られているので、それまでの間は、城内を見学しませんかとしきりに勧めた。

 その案内人が、Jを先導している。村からは田舎町のように見えた城は、たしかに複数の建物で構成されていたが、実際は何かの研究機関のような雰囲気だった。何やら研究室のようなところで奇妙な機械を操作している研究者に、あれこれと説明されたりしたが、どれもこれもJには理解不能なものばかりだった。
 「さっきの人たちが、手でガチャガチャとやっていた機械は何なのですか?」
 最初の建物を出てから案内人に尋ねると、あれは“鍵の板”だという返事だった。何とかピュータという万能機械に司令を送り込む機械だという説明で、Jは納得せざるを得なかった。

 「そうだ、測量師さん。ここの世界の地図を御覧になりますか?」
 次の建物の前で、案内人が、ふと思いついたようにこんなことを言った。
 「ここの世界?」
 「ここの〈図書館〉にしかない珍しい世界地図ですよ」
 Jは是非見せてほしいと答えた。

 その地図室と名づけられた部屋は、〈図書館〉の最上階にあった。壁面全体が地図だった。Jには見覚えのない地形ばかりで、どこの世界なのか、さっぱり分からない。
 「一体、これはどこの地図なんですか?」
 「あなかがお分かりにならないのも無理はありません」
 案内人は、その地図上の大きな海の中から小さな島の群れを探し出して、指差した。
 「あの島々を見てください」
 見ると、その島々はJにも見覚えのある形をしていた。
 「あれが地球です」
 それを聞いて、Jは目眩いがしてきた。

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 地図室の中で目眩いを起こしたJに、案内人が気付いた。
 「おや、どうなさいましたか?」
 「いや、何でもない。しばらくこうしていれば…」
 「少しお休みになった方が良いでしょう」
 案内人は、〈図書館〉の司書を呼び出した。
 「測量師さんを、休憩室にお連れしなさい」
 呼び出された司書は、断ろうとするJの口を塞いで強引に休憩室に連れ込んだ。

 Jは、休憩室のベッドに無理やり押し倒しされた。
 「早く、あの玉を返して」と司書が耳元で囁く。眠り姫の声だった。
 「どうしてここに君が出てくるんだ?」
 眠り姫は、Jのズボンの異様に膨らんでいる部分に手を伸ばした。
 「やめろ!」
 Jは飛び起きた。
 「分かったよ。自分でやるから」
 しかし、Jがポケットから取り出したのは助手の一人だった。
 「こんにちは。僕は助手の一人です。測量師さんにはハンプティと呼ばれています」
 「ふざけないで!」
 「分かったよ」
 しかし、Jがポケットから取り出したのはもう一人の助手だった。
 「こんにちは。僕はもう一人の助手です。測量師さんにはダンプティと呼ばれています」
 「いいかげんにして!」
 「分かった、分かった」
 Jは、ズボンを引き裂きそうな顔をして迫ってくる眠り姫をさえぎって、ポケットをひっくりかえしてさがした。しかし、もう何も出て来ない。
 「あれっ? おかしいな…。あっ、それは違う! そこは駄目だって!」
 待ちきれずに眠り姫が手を出してきたが、結局、あの玉はどこにもなかった。
 「どこに隠したの?」
 「どこにも隠した覚えはない」
 「とぼけないで!」
 すると、助手の一人がこう言った。
 「もしかして、玉を捜しているんですか?」
 そして、もう一人の助手がこう続けた。
 「窮屈だったからポケットの外に出しましたけど」
 それを聞いた眠り姫は、頭をかかえた。

――しかし、日が沈みそうなのを見て、眠り姫は手短に語った。

 私は邪悪な夢を見ている人物を突き止めました。それは、この城の伯爵だったのです。もう気付いていると思いますが、伯爵は人間ではありません。どんな経緯があったのか、とにかく伯爵は、この空飛ぶ島に棲み付いて、私たち人間を支配しようとたくらんでいるのです。
 以前、あなたに会ったときの私は、別の測量師と協力して、この城の中から玉を盗み出した村の娘でした。追い詰められて村の縁から飛び下りたようです。その測量師については、突然姿を消したということしか分かりませんでした。
 あの玉についても、詳しいことは分かりませんが、この浮かぶ島を支えている力に関係しているようです。とにかく、伯爵は血眼になってあの玉を捜しています。あの玉が伯爵の手に渡ったら、大変なことになってしまいます。

――眠り姫がそこまで語ったとき、少年たちが飛び込んできた。

 「その玉というのは、これですか?」
 少年の一人が持っている玉には“城”という文字が浮かびあがっていた。その他の六人の少年も全く同じ玉を持っていた。
 「一体、どういうことだ?」
 Jは、また目眩いを起こしそうになるのをこらえて、少年たちの話を聞いた。

 彼らの説明によると、みんな測量師の弟子になって、飛び方を教わったということだが、Jには何のことやらさっぱり分からなかった。
 あるとき、学校を抜け出して測量師の後をつけていたら、突然飛び立った測量師のポケットから、何か光るものが落ちてきた。拾ってみたら、この玉だった。みんなで測量師に届けてやろうと相談していたら、女教師に見つかってしまい、そんなことをするととんでもないことになると叱られた。
 村中が大騒ぎになって、村長を囲んで大人たちが話し合った結果、この玉のにせものを作って、こっそり城に戻してしまえということになった。七人のうち誰が持って行くかで喧嘩になるといけないので、にせものは七個作った。

 「じゃあ、君たちが持っているのは、全部にせものなんだね?」
 Jが尋ねると、少年の一人は冷静にこう言った。
 「何個もあると、にせものだとばれるんじゃないかと言ったのですが…」
 「本物はどこにある?」
 「粉々に砕いて村の外に捨てました。今ごろは海の底に沈んでいるはずです」
 Jは、しばらく考えていたが、何かひらめいたようだ。
 「よし。こうしよう」

 村に帰る二人の助手と少年たちを見送った後、Jは夕日にかざして玉を眺めていた。
 「うまくいくかしら」
 不安そうにこう言う眠り姫に、Jは答えた。
 「こうなったら、やってみるしかないだろう」

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 ノックの音がした。ドアを開けると、案内人が立っていた。
 「伯爵がお目覚めになりました」
 Jが出て行こうとすると、案内人は、眠り姫のいる方を手で示しながらこう言った。
 「あちらのお嬢様も御一緒においでいただくようにとの仰せです」

 伯爵の部屋に通された二人は、その部屋に漂う雰囲気に圧倒された。
 「ようこそ、おいでくださいました」
 出迎えた伯爵は恐ろしいほどに美しかった。二人が無言で立ち尽くしていると、伯爵は微笑んだ。その口に、鋭い犬歯がちらりと見えた。
 「どうぞ、こちらへ」
 眠り姫とJは、それぞれ召し使いが引いた椅子に腰をおろした。テーブルにはグラスや銀器類が整然と並んでいる。
 「そんなに緊張なさらずに、お楽にしてください」
 伯爵は召し使いに合図して、二人のグラスに酒を注がせた。

――そして伯爵は、次のように語り始めた。

 つい昨日のことのように思い出せるのですが、考えてみればずいぶん昔のことかもしれません。私の居城にしつこく匿名で書簡を送りつける迷惑な人物がいました。最初のうちは、私の生活について根掘り葉掘り質問する他愛もない内容でした。もちろん私は返事など書かずに放っておきましたが、次第に勝手に妄想を膨らませて根も葉もないことを詳しく書き綴って送ってくるようになりました。何月何日、どこそこで、伯爵が若い女性を襲って、首筋から血を吸っているところを目撃した、とか何とか。そこで私は、そのあと届いた書簡に「あなたは一体何者ですか」と書き付けて返送しました。すると、すぐに電報が届いて、その文面は、「私はストーカーだ」。

――伯爵は、ここで笑った(どうやらこれはアイリッシュ・ジョークだったようだ)が、不発に終わったとみて、真顔に戻って語り続けた。

 さて、それでは本題に入りましょうか。
 まずは、そちらのお嬢さん。何十年も眠って退屈しているのは分かりますけれども、他人の夢を覗き見るようなことはおやめになった方がよろしい。しかも、ここの村の娘さんたちを操ってニンフォマニアのような振る舞いをさせてまで、こそこそと私のことを探り回るとは、低劣極まりない。どこの国の王女だか知りませんが、恥を知りなさい。
 次に、測量師のふりをしているあなた。変な小細工をした地図と、オーブのまがい物をお出しなさい。このような子供だましで、時間稼ぎをするおつもりでしたか。
 それから、これを書いている、そこの浅墓な作者。前回の文中の「吸血鬼です」を「人間ではありません」に書き変えましたね。狼男かゾンビにでも変更してやろうと急に思い付いたようですが、あのような下賎な化け物に、この役がつとまるわけがありません。

――そのとき、伯爵の怒りに呼応するかのように城が大きく揺れ始めた。伯爵は揺れが小さくなるのを待ってから、語り続けた。

 いよいよ墜落が始まったようです。あのオーブが破壊された今となっては、もうどうすることもできません。そのようなわけで、はなはだ失礼かと思いますが、あなた方にはお引き取り願いたいと思います。私は、今しばらく、ここに残って、この城との別れを惜しむつもりです。お二人とも、どうか御無事で地上に戻られますように。

――そして、伯爵はグラスを掲げ、赤い液体を飲み干した。

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 伯爵の部屋から追い出されたJと眠り姫は、そのまましばらく呆然としていた。
 「こちらへどうぞ」
 案内人に誘導されるままに、二人は無言で歩いていった。

 外に出て、しばらく歩くと、研究者たちが建物を見上げて何やら叫んでいた。誰かが梯子を持ってきた。「あの窓だ」「早くしろ」などと怒鳴っている。火事でも起きたのか、建物に取り残された人を助けようとしているらしい。梯子に上った男がその窓を開けると、中から泡が吹き出した。泡まみれで助け出された人物は、酔ったようにふらふらしている。あたりにビールの匂いが漂ってきた。

 ふいに案内人が立ち止まった。
 「ここから先は、村の道です。私はここで失礼します」
 城の方へと戻っていく案内人の姿が見えなくなると、眠り姫が口を開いた。
 「この話は、これで終わり?」
 「どうやら、そうらしい」
 「何もできなかったわね」
 「そうだね」

 村の人々も、この異変に気付いて避難を始めているようだ。普段は決して立ち入ろうとしなかった村の周辺部に向かって、ぞろぞろと歩いている。

 突然、眠り姫が叫んだ。
 「馬が近づいて来る!」
 「馬だって?」
 Jは周囲を見回し、耳を澄ましたが、馬などどこにもいない。
 「眠ってる私の方よ。とうとう本当に目覚める時が来たんだわ」
 「それは、おめでとう」
 ほかに何か言おうとしたが、言葉が見つからない。
 「そうだ。これを返さなくっちゃ」
 眠り姫は身につけていたドングリを外して差し出した。Jは笑ってそれを受け取った。
 「君のおかげで、楽しい夢を見ることができたよ」
 Jはポケットから取り出したものを、眠り姫に渡した。
 「宝の地図だよ」
 「ありがとう」
 そして、眠り姫は自分の世界へ帰っていった。

 いつの間にか、最初に泊まった宿屋の前に来ていた。大きな地鳴りがして、宿屋がぐにゃぐにゃと動いた。振り返ると、城のあった山がなくなっていた。Jは村の縁へと続く道を急いだ。
 その道の先には、橋が架かっていた。その橋を渡り始めたが、向こう岸には何もない。この橋は、村の縁から空中に突き出しているのだった。眼下には、一面に海原が広がっている。Jは、鼻歌を歌いながら海に向かって放尿した。
 海面には、きらきらと光るものが集まっていた。鼻歌のメロディが微妙に変化して、どこからともなく複雑なコード進行の曲が聞こえてきた。空を飛ぶ子供たちの姿が見えた。
 身軽になったJは橋の上から飛び立った。Jは子供たちと何か言葉を交わした後、そのままどこかへ飛び去っていった。

 夜明けが近づいたころ、ついに島は海に落ちた。そして、海面に浮かんだ島は、ゆっくりと漂流しはじめた。

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 心地よいまどろみの中で、眠り姫は馬に乗った王子が近づきつつあるのを感じていた。ふかふかのベッドは、なぜかゆらゆらと揺れていた。
 ぽっくり、ぽっくり。
 禁太郎は、うとうとしている×××姫に近づいて、馬から飛び降りた。
 「危ない!」
 落ちていく自分の体が、たくましい腕に抱きとめられるのを感じた眠り姫は、ゆっくりと目を開いた。
 「あなたは、どなた?」
 「いやだなあ、禁太郎ですよ」
 「……」
 ×××姫は目を見開いて絶句している。ヘッドスライディングで×××姫を受け止めた禁太郎は、何だか妙な気分になってきた。
 「いてててて」
 河童の姫が禁太郎の耳をつかんで、ずるずると引きずっていった。

 猿と熊が、ひそひそと小声で話している。
 「やっぱり人間の女の方がいいんだろうな」
 「いつかはこんなことになるんじゃないかと思ってたよ」

 ×××姫は、離れたところに一人で座り、うなだれていた。自分の中に突然現われた眠り姫の人格を追い出そうとして必死で〔お祓い〕を試みたが、何度やってもさっぱり効き目がなく、精根つきはてていた。このままでは何もかも、めちゃくちゃになってしまう。

 ピンクの豚がやってきて、×××姫の頭を吸った。×××姫の中から解放された眠り姫は、いそいそと空の彼方へと飛んでいった。すっかり元気になった×××姫は、さっそくピンクの豚と一緒にダンスを踊った。

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 昔、物ぐさ太郎という若者がいたそうだ。どのくらい物ぐさかだったのかと思って「御伽草子」を読んでみたところ、こんなことが書いてあったので驚いてしまった。

ただし、名前は物くさ太郎というけれども、家のつくりは立派なものであった。家の周りは屋根付きの土塀で囲んで、三方には門を作り、東西南北には池を掘って、島までこさえて松や杉を植え、島から架けた反り橋の欄干には宝玉の飾りを付けて、その構えは実に大したものだった。侍の詰め所、渡り廊下、池を望む別館、宮中のような梅壷、桐壷、籬が壷なんていう中庭にいたるまで、百種類の花を植え、広い本館の屋根は神殿のように檜の皮で葺いて、天井には金糸銀糸を織り込んだきらびやかな絹織物を張って、屋根を支える材木や天井の格子には金銀を打ちつけて、窓には仏殿の飾りのように豪華な簾をかけて、馬小屋や侍の詰め所にいたるまで、格別に飾りたてて住みたいものだと心の中では思ったけれど、いろいろ予算が足りなくて、ただ竹を四本立てたのに菰をかけて住んでいるのだった。

 何だこりゃ。原典がこんなに面白くては何もいじれないじゃありませんか。

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