書斎にはいってみると、うれしいことに、書棚にギッシリ並んでいる蔵書は、ことごとく英文の書物で、中央にすえてある小机の上にも、英文の古新聞や古雑誌がうずたかく積み上げてある。書棚の本は、これはまたじつに多方面で、歴史、地理、政治、経済、植物、動物、法律――およそ英国と英国人の生活・習慣に関する名著という名著は、ほとんどそこに網羅されていた。
『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー 著/平井程一 訳/創元推理文庫)
ジョナサンが伯爵の城を来訪した目的は、実はこの書斎の蔵書を読むことにあったのではなかったかと思われる。日記には、伯爵がロンドンの不動産を購入するにあたっての手続きのためだなどと繰り返し書かれているが、その記述にはどうも不自然な感じがある。引用の際にブラムが脚色したのか、それともジョナサン自身による創作だったのか、あるいは実際に“ハーカー”という変名で“弁理士”としての生活を営んでいたのかと、あれこれ妄想していると、伯爵が帰って来た。
「いや、お待たせして申し訳ない。ちょっとコンビニまで行っておったもんでな」
「コンビニですって?」
驚いたジョナサンが問い返すと、伯爵は不思議そうな顔をした。
「そうじゃよ。コンビニエンス・ストアーじゃ。昼間に眠って夜活動するわしのような一人暮らしの者は、これがなくては生きていけんよ」
「こんなところにもコンビニがあったとは」
「ここへ来るときに見かけなかったか? あの大きな豆の木のすぐ近くじゃよ」
「いいえ。真っ暗で何も見えませんでした」
「そうじゃったか。まあ、便利なもんができたもんじゃ」
伯爵はレジ袋から弁当やら惣菜やら飲み物やらを取り出した。
「適当に選んできたが、これで良かったかな」
書斎の隣にある食堂に連れて行かれて、ジョナサンは一人で食事をした。伯爵は外で食べて来たと言う。食事を終えて書斎へ戻ると、伯爵は何か大きな封筒を持って来た。
「そうそう、こんな物も届いておったが、君が注文したのか?」
ジョナサンは首を横に振った。
「そうか。それじゃ一体、誰の仕業じゃろうな」
伯爵がエアパックでふくらんだ封筒をあけると、中には本が入っていた。その表紙には『ほらふき男爵の冒険』という文字が印刷されている。有り難いことに日本語訳だ。

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