「伯爵は鏡の中だな!」
ジョナサンは十字架を手にして、書斎から駆け出した。開けっ放しの扉から、ダンプティが声をかける。
「そんなに慌てなくても、まだ大丈夫だよ」
夜が明け始めたのをみて、伯爵は足を早めた。ハンプティは、伯爵が着たジョナサンの上着の内ポケットの中にいる。ポケットから顔だけ出して外の様子を伺っているが、伯爵が動くたびに顔に当たるものがあって、どうも邪魔くさい。
ジョナサンが鏡面すれすれに十字架をかざして伯爵が帰って来るのを待っていると、ダンプティがのんびりとやって来た。
「あの爺さんは、まだ城の外だよ」
「用心するに越したことはない。どんな手を使ってくるか分からんからな」
年老いた羊が、コンビニの外に出て来た。箒とちりとりを持っている。あたりは仄明るくなっているが、さっきの怪しい風体の客の姿はもう見えない。
鏡の中に伯爵の姿が現われた。
「こんな物があったぞ…」
伯爵はそう言って、コンビニで買ってきたひげ剃りを鏡に近づけた。しかし、ジョナサンが持っている物を見て、急に顔を曇らせた。
「何じゃ、それは!」
「御覧の通り、十字架ですよ」
「そんなことは分かっておる。なぜ、そんな仕打ちをするのじゃ?」
「わざわざ手紙を書かせてくれたお礼ですよ」
「分かった、わしが悪かった」
ジョナサンは、予想通りの伯爵の反応に満足した。
「あの手紙なら返すから…」
伯爵は、内ポケットに手を入れた。
「おや? 確かにここに入れた筈なんじゃがな…」
しかし、伯爵の手がつかんだものは、手紙ではなかった。
「あの邪魔っけな紙なら、さっき追い出してやったよ」
「何じゃと!」
ハンプティは、伯爵の手からつるりと逃げて、鏡の中から飛び出して来た。
「おい、こら、待て!」
ジョナサンは十字架の鎖を鏡に巻きつけて固定した。
「おい、何てことをするんだ!」
「鏡なんか使って小細工をするからこういうことになるんだ」
「ほら、このひげ剃りを受け取ってくれ。これなら怪我をする心配もないぞ」
ジョナサンは鏡の中で必死に叫び続けている伯爵を無視して部屋から出て行った。ハンプティ・ダンプティは、そのまましばらく鏡を見ていたが、伯爵の姿が見えなくなると、ジョナサンのいる書斎へ行った。
置き去りにされた鏡の中で、ひげ剃りの形がゆっくりと変化していた。手足と尻尾が生え、トカゲの姿になったひげ剃りは、鏡の中から抜け出して来た。テーブルから壁へと伝って這い回っているうちに、壁に掛かった額縁にたどり着いた。やがてトカゲの姿は、そこに描かれている奇妙な絵の中へと溶け込んでいった。

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