2009年9月アーカイブ

 サンダルを履いた猿が叫んだ。
 「また、このエンディングかよ!」
 猿は魔法の鼻紙入れを畳んで放り出した。

 全てはゲームの中(*1)という展開を抜け抜けとパクってしまえるところが、この残念ミステリの強みである。

(*1)ただし、原典が“It's all in the game”だけだとは限らない。

 ヽ大法師が素早く猿の鼻紙入れを拾った。
 「よし、俺の番だ」
 鼻紙入れが魔法のオープニング曲を奏で始めると、八房が胴長短足の犬刑事に変身した。そして、こう言った。
 「まだまだやめませんよ」

 猿の家では通夜が始まっていた。犬刑事が隣に座った検死官に小声で言う。
 「あたしゃ初めてだよ葬式の前夜祭というのは…。おやつっていうんだっけ?」
 すると、検死官の姿をした熊が小声で突っ込んだ。
 「おやつじゃなくてお通夜だよ」
 犬刑事はガサゴソと音を立てて、ポケットから検死報告書を取り出した。
 「何べん読んでも、さっぱりだよ」
 「ほら、ここん所をよく見ろよ」
 「“Cancer”って何?」
 「あんたに分かりやすいように英語で書いたんだけどな…」
 「あたしゃ犬ですからね。読んで分かるのは動物と食べ物の名前ぐらいなんだ」
 「“Cancer”っていうのは“Crab”のことだよ」
 「なんだ、蟹か…。でも、なんでここに蟹が出てくるの?」
 「“Cancer”には、もう一つ意味がある。“癌”だ」
 「そうだったの? じゃ、“Liver”に“Cancer”があるってことは…」
 「肝癌だ。いつ死んでもおかしくない状態だった」
 「それじゃ、病死の線もあるってこと?」
 「いや、それはない。血液中からは蜂の毒は検出されなかった。つまり、肝臓の正常な部分がちゃんと分解していたということだ」
 「でも、付箋には“蜂の毒でショック死”とか書いてただろ?」
 「傷口に蜂の毒が残っていたから、蜂に刺されたのは間違いない。それで、その抗体がないかと調べたら、大量に見つかった。ということは、この猿は以前にも蜂に刺されたことがある筈だ。つまり、アレルギーの発作で死に致ったと考えるのが妥当な線なんだよ」
 「ふうん…。そいつは知らなかったな」

 ――さて、どうする?
 ヽ大法師は、表示された選択肢の中から、迷わず「蟹を自白させる」を選んだ。(*2)
 すると、またもや残念なエンディングが始まり、ヽ大法師は魔法の鼻紙入れを放り出した。犬刑事が八房の姿に戻って吠えた。
 「誰か、早くクリアしてくれよ!」

(*2)これは、「証拠よりも自白を重視する」という説に対するあてこすりだと思われる。


〔作者より〕
タイトルの(禁太郎篇)を(ヽ大法師篇)に修正しました。(2009/09/02)

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‮ 犬刑事は、猿の棺の中を覗き込んで叫んだ。
 「あっ、ホトケさんがいなくなってるぞ!」
 猿を刺したスズメバチは、実は吸血蜂だったのだ。


‮〔作者よりお詫び〕(2009/09/03)
 時間内にオチを思い付けなかったことをお詫びいたします。

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 昔、胡散臭い武器屋が矛と盾を売っていた。

 矛を売るときには「この矛は、どんな盾でも貫くことができる」と言い、盾を売るときには「この盾は、どんな矛にも貫かれない」と言っている。

 客の一人が「それでは、その矛でその盾を突いたら、一体どうなるんだい?」と尋ねたところ、武器屋は「それでは実際にやってみよう」と、その客に盾を持たせ、自分は矛を取った。

 客は「おいおい、もしこの盾が貫かれたら、怪我をするのは私の方じゃないか」と言って、武器屋に盾を返して、矛と交換させた。

 武器屋は盾を構え、客は矛を構えている。狙いを定めて思いっきり突き込むと、矛先は盾の中へとずぶりと沈んだ。

 客は「この矛は盾を貫いたぞ。ということは、その盾は矛に貫かれたわけだな」と言って盾の裏側を見た。すると、どうしたことか矛先はどこからも突き出ていない。

 武器屋は平然として「この通り、矛は盾を貫き、盾は矛に貫かれなかった」と言い放った。

 納得できない客が「矛先はどこへ消えたんだ?」と尋ねると、武器屋は「消えたのではない。次元の壁を越えて別の空間に突き出しているのだ」と答えた。

 このことから「矛先を転ずる」という言葉が生まれたそうだ。

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 ある男が馬上で詩の一節を思い付いた。

僧は推す月下の門

 厠で座っているときに別の表現が浮かんだ。

僧は敲く月下の門

 夜になり、寝ながら詩のことを考えていたら夢を見た。

蝶は戯れる月下の門

 目が覚めると、もう何が何だか分からなくなってきた。

蝶は渡る韃靼の海

橋を渡る世間の鬼

雉が語る犬猿の仲

人も氷る宇宙の旅

 男は、「これは妖怪枕返しの仕業に違いない」と思った。

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 昔、臆病者の兵士が二人いた。

 あるとき、偵察を命じられた二人は、草むらの中をおっかなびっくり進んでいた。

 いきなり前方から敵の兵士が現われた。驚いた二人は一目散に逃げ出した。一人は五十歩しか逃げなかったが、もう一人は百歩も逃げていた。五十歩逃げた兵士はそれを見て笑った。
 「百歩も逃げるなんて、おまえは臆病なやつだな」
 「おまえがのろまなだけだろ」
 「顔に鼻くそが付いてるやつに言われたくないな」
 「おまえだって、顔に目くそが付いてるくせに」
 そんなことを言い合っていると、五十歩逃げた兵士の足元に何かが転がって来た。
 「ん? 何だこれ?」
 手榴弾だ。どかーん。

 結論。もっと遠くまで逃げた方がよかった。

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 昔、天涯孤独の貧しい少女がいた。
 「薪はいかがですか~」
 山で拾って来た小枝をたくさん篭に入れて、寒風の吹く町なかで売り歩いている。道行く人々は見向きもせずに通り過ぎてゆく。
 「また親方に叱られる…」
 少女が大通りを渡ろうとしたとき、牛車が猛スピードで突っ込んで来た。少女は轢かれて死んでしまった。大晦日の夜の出来事だった。
 ある男が、道路に飛び散った小枝を拾い集めて、少女の篭の中に戻してやった。
 「こんなに売れ残っていたのか…。さぞかし無念だったろうな」
 すると、別の男が言った。
 「せっかくだから、これに火を点して供養してやろうじゃないか」
 話を聞いて可哀想に思った町の人々が集まってきた。みんなで近くの寺で弔ってやろうということになった。

 その寺の名は…、あっ、暴走牛車だ。どかーん。

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 昔、石投げの名人がいた。この男が石を投げると、狙った的を外すことがなく、百発百中だという。
 しかし、この石投げ名人の上をいく強敵が現われた。動かない的に当たるのは当たり前だ。二代目名人は、空を飛ぶ鳥に石を当てることができるという。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
 しかし、上には上があるもので、さらなる強者が現われた。三代目名人は、一つの石で二羽の鳥を落とすという。

 これを聞いた初代名人は心中穏やかではない。そこで、さっそく猛特訓に取り組んだ。
 手始めに、庭にいる鶏に石を投げつけてみた。すると見事に当たったが、これは何か違うなと思った。そこで、鶏に空を飛ぶ特訓をやらせることにしたが、これもやはり何かが違う。

 初代名人がボケたことをやってるうちに、二代目名人は、かの山に行って兎を追っていた。ぴょんぴょん飛び跳ねる兎めがけて石を投げつけると、兎は鵜と鷺に分裂して飛び立ったが、跳ね返った石が命中して、二羽とも落ちた。
 よし、次は二羽の兎に挑戦してやろう。これに成功すれば「一石二兎四鳥」だ。二代目名人は二兎を追い始めた。

 こうなると、三代目名人もうかうかとしていられない。大きな鳥に石を当てたぐらいではまだまだだ。小さな鳥に命中させてこそ名人というものだろう。そこで、小さなハチドリを狙ってやろうと考えた。
 ちょうど折りよく二羽のハチドリが飛んで来たので、小石を拾って投げつけた。小石は見事に命中したが、ハチドリだと思っていたのは実は蜂だった。怒った蜂は名人に向かって来て、プスリと刺した。
 あまりの痛さで名人が泣いていると、もう一匹が向かって来た。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
 「もう刺さないでくれ!」
 名人が泣きながら頼むと、もう一匹はこう答えた。
 「安心しろ。同じときに二回刺されても死にはしないよ」
 「なんだ、そうだったのか」
 「それに、俺は蜂ではなくて虻だ」
 虻は名人を一刺しすると、どこかへ飛び去って行った。

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 昔、洛陽に、腕のいい絵描きがいた。何を描いても本物そっくりに描けるというので評判になり、彼が描いた絵は飛ぶように売れた。
 あるとき、絵描きは、「普通の絵を描いても面白くない。誰も見たことのない龍の絵を本物そっくりに描いてやろう」と決心した。

 決心したのはいいが、やはりどうもモデルがいないとうまく描けない。蛇に足を付けただけのようなものや、頭の方は龍に見えても尻尾を見ると蛇などという失敗作ばかりだ。

 手持ちの金も底をついてしまって、絵描きが途方に暮れていると、仙人が現われた。
 「どうしても龍の絵を描きたいのか?」
 「はい」
 「それなら、わしについて来るがよい」
 こうして絵描きは、仙人の住む水墨画のような世界に連れて行かれた。

 深い谷に臨んだ岩の上に座っていると、凄まじい形相をした巨大な龍が襲いかかって来た。絵描きは、必死で龍の姿を目で追い、筆を走らせ続けた。こうして、自分でも驚くほど本物そっくりの龍の姿を描くことができた。あとは瞳を入れて仕上げるだけだ。
 ところが、絵描きが瞳を描いた途端、龍は絵の中から抜け出して、空の彼方へ飛んで行ってしまった。

 絵描きは仙人に言った。
 「絵を仕上げると、龍が逃げ出してしまいました。これでは困ります」
 「どうしてじゃな?」
 「白紙の絵なんて、誰が買ってくれるでしょうか」
 「瞳を入れなければよいではないか」
 「そんな未完成の絵を売るわけにはまいりません」
 「まだまだ修行が足らんな」
 仙人は、ある高僧の元で修行してくるようにと命じた。

 その僧は厳しかった。どうしても龍を描きたいのだと言っても、なかなか許してもらえない。それどころか、筆さえ持たせてもらえず、あれこれと雑用ばかりさせられた。そんな辛い日が幾日も幾日も続いた。
 ある日、やっとのことで、屏風に虎の絵を描いても良いというお許しが出た。「ただし、どんなことがあっても、決して瞳を描いてはならぬぞ」ときつく言い渡された。虎の絵は描けたが、瞳が入っていないのがどうしても物足りない。しかし、絵描きは、師匠の言葉を思い出して、ぐっとこらえた。
 「師匠、虎の絵ができました」
 「ほう、なかなか良い絵が描けたな」
 屏風を見た僧は、弟子を呼び出した。
 「この屏風の中におる虎を、この縄で縛って見せよ」
 すると弟子は、こう言った。
 「虎を絵の中から出してくだされば、縛ってお見せいたしましょう」
 この状況は、瞳を描きたくて仕方のない絵描きにとっては拷問に等しい。しかし、絵描きは歯を食いしばり全身をわなわなと震わせながら、誘惑に打ち克った。

 こうして長く厳しい修行の末、瞳を描かずに絵を仕上げるという高度な技を体得した絵描きが、仙人の元へと戻って来た。
 「お蔭様で、このような絵を描くことができるようになりました」
 「ほほう、見事な絵じゃな。しかし、これは龍ではないようじゃが…」
 「はい。これは、師匠の御姿を描いたものです」

 その絵は飛ぶように売れたという。

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 昔、へそ曲がりの占い爺さんがいた。めでたいことがあると不吉なことを言い、不幸なことがあると吉兆だなんて言うので、周りの人々には煙たがられていた。

 あるとき、爺さんが飼っていた馬が逃げ出した。人々が、さて爺さんは何と言うだろうと集まって噂していると、爺さんが出てきて、こう言った。
 「幸いなことが起こるに違いない」
 しかし、しばらく待っても馬は戻って来なかった。困った爺さんは、こっそり仙人に相談した。仙人は、ある絵描きを紹介してやった。

 ある日、絵描きのところに変な爺さんがやって来た。逃げた馬の絵を描いてくれという。絵描きは馬の特徴を聞きながら、筆を走らせた。完成した絵を渡すと、爺さんは困ったような顔をしている。
 「ああ、瞳がないのは気にせんでください。私が瞳を描くと、本物が飛び出してしまうのですよ」
 「わしは、その飛び出した馬が欲しいんです」

 爺さんが、絵の中から飛び出した馬を連れ帰ると、行方不明になっていた馬が戻っていた。人々が集まって、爺さんが何と言うかと待ち構えている。
 そこで、爺さんは言った。
 「これは災いになるに違いない」
 しかし、一向に不幸なことなど起こる気配もない。困り果てた爺さんは、馬を絵の中に戻そうとして目玉をくりぬいた。しかし、それは元々爺さんが飼っていた馬の方だった。

 もう少し待っていれば、そのうち良いことや悪いことが起きただろうに。一流の占い師は、決して余計なことをせず、何か起きてから「ほら、当たった」と言うものだ。

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 昔、騙されやすい猿をたくさん飼っている男がいた。

 ある朝、男が猿の餌の橡の実を持って来て「朝に三個、暮れに四個やろう」と言うと、猿たちは口々に文句を言った。
 男が「では、朝に四個、暮れに三個やることにしよう」と言うと、猿たちは納得して、橡の実を四個ずつもらった。
 喜んで橡の実を食べている猿たちを眺めながら、男が首をひねった。
 「あれれっ? 何であんなに喜んでるんだろう…」

 夕方になって、男が「やっぱり、朝に三個、暮れに四個やることにする」と言うと、猿たちは納得して、橡の実を四個ずつもらった。
 喜んで橡の実を食べている猿たちを眺めながら、男が首をひねった。
 「あれれっ? 騙されやすいって誰のことだろう…」

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 昔、漢の国に仲の悪い二人の漁夫がいた(ここまで読んでピンと来た方は、次のパラグラフへどうぞ)。一人は呉の国、もう一人は越の国の出身で、事あるごとに喧嘩ばかりしているこの二人を、周りの漁夫たちは止めるでもなくけしかけるでもなく、ただ取り囲んでなぜか楚の歌を歌っているだけだった。

 ある日、この二人の漁夫が同じ舟に乗って漁をすることになった(ここまで読んでピンと来た方は、次のパラグラフへどうぞ)。喧嘩ばかりしていた漁夫は、ここはひとつ協力しようではないかと歩み寄って、仲良く漁をした。すると、浅瀬で一羽のシギが大きな二枚貝に嘴をはさまれてもがいているのが見えた。呉の漁夫はシギを、越の漁夫は大きな二枚貝をつかんで引っ張り、二人で獲物を捕まえた。

 それを見ていた漢の漁夫たちは、また大きな二枚貝に鴫が嘴をはさまれるんではないかと期待して、毎日浅瀬へ行って待っていたが、一向に獲物が現われない。
 「どうもこれは変だぞ」
 「サギに引っかかったかな?」
 「いや、サギではない。確かにシギだったぞ」
 「じゃあ、法螺だったのかな?」
 「いや、法螺貝ではない。確かに二枚貝だったぞ」
 「そうそう、大きなハマグリだったよ」
 「あっ、そういうことだったのか!」
 「どういうこと?」
 「あれは蜃気楼だったんだ」

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 昔、不眠症の王様がいた。大臣の娘が夜毎に語る驚くべき話の続きを聞きたくて、娘を生かし続けているという。この王様、昨夜の話を聞いたせいで、また眠れなくなってしまったようだ。

 「蜃気楼といったら砂漠の彼方にゆらゆらと現われる幻のことじゃな。それが、なんで海辺に出てくるのじゃ?」
 「おお、王様! シナでは大ハマグリの吐く息が蜃気楼になると言われているのでございます」
 「それは驚くべき話じゃな。シナの砂漠にはハマグリがおるのか! しかも、鳥をつかまえるほどの大きなハマグリが…」
 ここで、王様は何かひらめいたようだ。
 「おお、そうじゃ。その大ハマグリをシナから取り寄せるとしよう」
 この王様、一体何を妄想しているのだろうか?

  1. 大ハマグリを食べてみたいと考えている
  2. 大ハマグリで鳥をつかまえてみたいと考えている
  3. 大ハマグリでつかまえた鳥を食べてみたいと考えている
  4. 大ハマグリの吐く息でできた蜃気楼を見たいと考えている
  5. 大ハマグリの吐く息でできた蜃気楼を食べてみたいと考えている
  6. 大ハマグリの吐く息でできた蜃気楼に食べられてみたいと考えている
  7. 大ハマグリにはさまれてみたいと考えている
  8. 大ハマグリにはさまれながら鳥を食べてみたいと考えている
  9. 大ハマグリにはさまれながら鳥に食べられてみたいと考えている
  10. 大ハマグリにはさまれながら鳥のように飛んでみたいと考えている
  11. 大ハマグリにはさまれながら蜃気楼を吸ってトリップしてみたいと考えている
  12. その他

 ――ここまで読んだ大臣の娘は、呆れ果てて口を噤んだ。

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 語り姫は、王様が王妃と浮気相手の男をその場で処刑した後、毎晩、処女に夜伽をさせては命を奪い続けているという話を父親から聞いた。そして、これは何とかしなければと思った語り姫は自ら進んで王様の元へと赴いたのだった。

 毎晩、驚くべき物語を途中まで話して中断すれば、その続きを聞くまでは生かしておこうと考えてくれるだろうという、危うい綱渡りのような作戦だった。しかし、いかに古今東西の物語に通暁している語り姫といえども、こんなことを何年も続けていれば、そのうちに話す材料が切れてしまう。

 昼間、王様が政務を執り行っている隙に、語り姫は新しい物語を捜し歩いていた。この国に住む語り部たちの話す物語はとっくに使い果たしてしまったし、図書館にある古びた写本に書かれている話も同様だった。
 町には以前のような活気がなくなっていた。若い娘たちがことごとく他国へと逃げてしまったため、若い男たちもその後を追って出て行った。幼い娘のいる家族もいつの間にかいなくなっていた。将来に不安を感じたのだろう。たまに訪れていた旅人たちも、悪い噂を聞いたのか、姿を見せなくなっている。
 早く何とかしなければ、この国は滅びてしまうに違いない。こうなったら細かいことにこだわってなどいられない。語り姫は仕方なく、さびれた町の外れにある酒場の中へ入って行った。

 酒場の扉を開くと、がらんとした店の奥に主が一人で座って、ひまそうに何やら読んでいた。客が来たのに気付いた主は、目をあげて言った。
 「いらっしゃい。御注文は?」
 「不眠症になった王様が眠れるようになる物語を」
 「ああ、それならちょうど今読んでいたのがいいかな」
 店主は開いていた本を見せた。そのページには、東洋の奇怪な文字が縦に並んでいた。

 ――その夜、語り姫は以下のように語った。

 これは、昔のある国での出来事です。宦官たちが見張っていて男が入れる筈のない後宮に住む妃たちが、次々に身ごもってしまうという怪事件が発生しました。

 妃たちは、男たちの声はするけれども姿は見えないのだと言って、気味悪がったり色めきたったりしております。そこで宦官は、姿が見えないとはいえ、男が来ていることに間違いはなかろうと、後宮のあたり一面に砂を撒くようにと女官たちに命じました。

 さて、その夜、妃たちが裸でくつろいでいると、いつもの男たちの声がやって来ました。妃たちは、その声の主たちと戯れて、やがて呻き声をあげ始めました。
 そして、静かになると、急に槍を持った兵卒が踏み込んできました。「足跡があるぞ」「逃がすな」などと叫んで大騒ぎをしたかと思うと、逃げて行く足跡の行方を追って出て行きました。

 ――ここで、語り姫が話を中断すると、不眠症の王様は姿の見えない男たちがその後どうなったのかを聞いてしまわないうちは安眠できそうもないと思い、語り姫の命を奪うのを先延ばしにした。

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 後宮から逃げ出した二人の男(以下、AとBと呼ぶ)は、実は姿を消す魔法のマントを着ていたのだ。どうでもいいことだが、マントの下はすっぽんぽんの丸裸という伝統的な変態スタイルだ。
 薄暗がりに、仮面をつけた男が現われた。
 AとBが同時に「誰だ」と叫ぶと、仮面の男がこう言った。
 「ぺらっぺらの裏地が見えてるぞ」
 ひとしきり哄笑したかと思うと、急に真面目な声に戻った。
 「おれは死だ」

 翌朝、兵卒がBの死体を発見したとき、仮面の男とAは既に現場から姿を消していた。そこへ安葉巻をくわえた男がやって来て死体を見たり足跡をたどったりしてうろつくことはなかった。

 ひょっとこの面をつけた男が花見の船で酒を飲み、酔った足でふらふらと踊っていた。その様子を橋の上からAが見物している。横波を受けた船が揺れ、ひょっとこがよろけてひっくり返った。見物客はどっと笑ったが、船の上は急に静かになった。どうやら、ひょっとこが死んでしまったらしい。

 年老いたAが猫に向かって話しかけている。何やら若かった頃の思い出話のようだ。その様子を障子の隙間から五匹の鼠がそっと盗み見ていた。

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 昔、五匹の鼠に芝居をさせる見世物師がいた。ある寒い日の午後、商売帰りに雨に遭い、袋の鼠ともども濡れ鼠になりながら歩いていて、ふと目にとまった大きな門の下で雨やどりをした。ほかには誰もいない。悪政と災害が続いたため、どこの町へ行ってもさびれている。この門も荒れ放題だ。

 見世物師が石段にぼんやり座っているうちに、雨はどしゃぶりになってきた。すると、袋の中から鼠の一匹が顔を出してこう言った。
 「まったく、ひどい雨だね」
 周囲に人がいないのを確かめて、見世物師は答えた。
 「ああ、こりゃあゲリラ豪雨ってやつだぞ」

 この喋る鼠に見世物師が出会ったのは、ほんの数年前のことだった。といっても、そのとき、この男は見世物師ではなく、ただの行商人だった。喋る鼠のおかげで、鼠の芝居という新しい商いができるようになったのだ。――このエピソードは、語り姫のアドリブで数夜に分けて語られることになるのだが、ここでは割愛する。――こうして、見世物師は喋る鼠を座付き作者にして、五匹の鼠による芝居という見世物で商いをするようになったのである。

 見世物師は、時折、鼠に食わせてやってるのではなく、鼠に食わせてもらっているような気がしてくることがあった。まあ、そういうことがあったって、別に構わないだろう。なんたって、鼠が喋ってるんだから。

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 楼の上へ出る梯子の中段に、一人の老人が、猫のように忽然として姿を現わした。見世物師はぎょっとしながら、鼠との会話を聞かれはしなかったかと考え、それを取り繕うかのように、老人に声をかけた。
 「どうも、困ったお天気ですな。」

 「実は、私は、ただの人間ではない。」老人は、自分の経歴を話し始めた。
 (こいつは、気違いだ。)――そう思った見世物師は、守宮のように梯子を上った。

 楼の上には、猿が蹲って猿の子の虱をとっていた。見世物師は、いつまでも、床に這ったまま、ぼんやり猿の親子を見上げていた。

 話の行方は、誰も知らない。

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 昔、長い鼻を持った象がいたそうだ。いや、象ではなくて僧だったそうだ。その象の花子ではなくて僧の鼻は、長さは五六寸で、ぶらりと顔のまん中からぶら下がっていたそうだ。

 その象ではなくて像でもなくて僧は、長い鼻を気にしていないふりをしていたが、実は気にしていたそうだ。

 食事のときは、いつも梯子ではなくて弟子に長い鼻を餅つきではなくて持ち上げさせていたそうだが、あるとき、極右でも極左でもない中童子があまり敏捷ではなく睫でもなくて嚔をしたはずみで、フランツ・カフカではなくてフランク永井でもなくてザ・ピーナッツでもなくて腸詰めのような長い鼻が、金碗大輔ではなくて井伊直弼でもなくて鋺の粥の中に入ったそうだ。

 その後、長い鼻は観阿弥でも木阿弥でもない湯浴みをしたり足で踏まれたりして一度は短くなったけれども、結局元の長さに戻ったそうだ。

 もう誰も笑うものはないにちがいない。

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 ――いつの夜のことだか分からなくなってしまったが、語り姫は、次のように話を続けた。

 おお幸多き王様、そのようなわけで行商人は、夜更けになってから、やっと町にたどりつきました。疲れと眠さでふらふらになりながら、とにかく一晩だけ宿に泊まろうと思いましたが、開いているのは酒場だけでした。そこで行商人は仕方なく、その酒場に入って行きました。
 「いらっしゃい。ご注文は?」
 「酒はいらないから、とにかく何か食べる物を」
 すると、店主はこう言いました。
 「あいにく当店には、飲み物と食べ物はありません。お客さんにお出しできるのは読み物だけです」
 行商人はカウンターで早くもうとうとしながら注文しました。
 「もう何でもいいや。ぐっすり眠れるやつを頼むよ」
 「かしこまりました」
 そこで店主は、店の奥から埃をかぶった一冊の本を持って来ました。

 ――そして、語り姫は退屈の限り退屈な話を語り始め、不眠症の王様は眠気を催してきた。ところが、もう少しで王様が眠りに落ちそうになったとき、酒場の中で、突然、女の悲鳴が上がった。眠りかけていた王様が目を覚まして何事かと見ると、酒場のトイレから飛び出した女が、鼠が出たと騒いでいる。どうやらパニックになっているようだ。そのどさくにさまぎれてどこかで聞いた話をパクってもいるけれども、そんなことはお構いなしで、その鼠は行商人の荷物の中に逃げ込んだ。

 そんなことに気付きもせず行商人はぐっすり眠っていたが、その夢の中に鼠が現われて、こんなことを語り始めた。

 どうか私を助けてください。御覧のように今は鼠の姿をしていますが、私はもともと人間です。人間の脳を鼠に移植して、来る日も来る日も迷路の中を走らせるという恐ろしい実験をやっている研究施設から逃げ出してきたのです。

 ――ここまで話したとき、語り姫は朝の光が射してくるのを見て、慎ましく口を噤んだ。残念ながら今夜も王様を眠らせることはできなかった。

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 話の続きを考えるために、語り姫は酒場にやって来た。店内には誰もいない。カウンターの奥の方に声をかけてみたが、返事がない。そのとき、足元を何かが駆け抜けた。

 鼠?

 気付いたらカウンターの上に乗っていた。そのへんに乱雑に積み上げてあった本がぐらぐらと揺れている。

 危ない!

 手を伸ばしたときには、もう本は崩れ出していた。本の雪崩れは隣の山に伝わって、ドミノ倒しのように連鎖していった。そして、崩れ落ちた本が床に散らばって…。

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 気が付けばとっくに今日は終わって昨日のこととなってしまい、これを書いているのは実は明日だったという話だ。

 どこか裏の方から戻って来た店主は、床に散らばった本には目もくれず、五連休だシルバーウイークだとかいってもそんなに休んでばかりはいられない。たまっている仕事を片付けなくてはと、パソコンの電源を入れブラウザを開いた。「今、お気に入りの音楽教えて!」とか「お彼岸スペシャル。あなたの、一番好きな“おはぎ”の種類は?」とかいうネタが並んでいるのを見たが、どうも気乗りしない様子でブラウザを閉じ、DOSプロンプトを開いた。

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 酒場の店主が、本棚の奥から何やらカラフルな立方体(以下、「ルービックキューブ」と書く)を取り出した。
 「このところ、残念な物語が考えられなくなるという原因不明の症状が続いているので、今回は、このルービックキューブの話でもしてみようかと思います」
 前から少しおかしなところがあるとは思っていたが、いよいよ残念な兆候があらわれてきたようた。誰もいない店内で、店主は以下のような話を口走った。

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 ――現実の仕事から戻るなり、店主はルービックキューブをパッケージから取り出していじり始めた。どこかに寄り道して買って来たのだろう。誰もいない店内で、店主は何やら独り言をぶつぶつとつぶやいている。

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 ――店主は今日もまた、独り言を続けている。

 いくら何でも「21(R-Y)+21(-R+Y)」を偶然見つけるなんて、確率的にはほとんど有り得ないだろうと思いました。僕は一体どうやってこの手順にたどりついたんだろうか…。そう考えてみても、ちっとも思い出せませんでした。

 しかし、「2個のコーナーキューブの向きを変える84ステップの手順」を知っていることは間違いないし、現物を使ってやってみると確かにコーナーキューブの向きが変わりました。だいたい、この「21回繰り返し」という手順はどこから出てきたのか?

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