鹿の角を生やした馬が「こりゃあ、たまりません」と、禁太郎飴をガリガリと齧り、禁太郎が「でしょでしょ。今回は角砂糖ベースで、ほっぺたのところにはニンジンが入っているんだよ」と説明して、ケシカラン鹿を退治する旅に、鹿の角を生やした馬が加わった。
馬の話では、その後、突然いなくなってしまった飼い主一家の行方を捜しているのだという。退屈していた一行が、その話で大ウケしたのに気をよくした馬が、調子に乗って馬鹿話をしながら、西へ西へと歩き続ける。熊の背には禁太郎、馬の背には猿がまたがっている。
――鹿の角を生やした馬は、こう語った。
昔、ある国に、わがままな殿様がいたそうです。この殿様は、他人の言うことに耳を貸さず、何でもかんでも自分の思い通りに決めていました。
ある日のことです。いつの間にか、殿様が行方知れずになりました。町や村の人々の暮らしぶりには無関心な殿様でしたから、お忍びで城の外に出るようなことは間違ってもするはずがありません。家臣たちは、いちおう城内を捜してみましたが、どこにも殿様は見つかりませんでした。
実は、城中の庭の片隅に誰が掘ったものやら分からない古井戸があって、殿様はその中に落ちていたのです。
三日後になって、やっと井戸から助け出された殿様は、耳だけでなく、全身が馬の姿になっていたということです。その古井戸の中で三日三晩を過ごした殿様は、地の底でつながっている井戸の奥から、町や村の人々の声が伝わってくるのを聞いて、これまで自分が人々の暮らしのことを何も知らなかったことを思い知らされたといいます。殿様は、これは罰があたったのだと反省し、それから後は、町や村の人々の話をよく聞くようになったという話です。
――ここで、馬の背に乗っている猿が尋ねた。
「殿様は、その後もずっと馬の姿のままだったの?」
すると、馬はこう答えた。
「そうですよ」
猿は、首を傾げている。何か納得できないことがあるようだ。
「町や村の人たちは、どうしてその馬が殿様だと分かったのかな?」
それは、もっともな疑問だ。さあ、どうする、馬?
――馬は、こう話を続けた。
実は、殿様が行方知れずになったとき、城内の人たちは、ほとんど誰も心配なんかしていなかったのです。ただ一人だけ、殿様のことを本当に心配している男がいました。それは、殿様の馬の世話をしていた馬丁です。この馬丁の父親も先代の殿様の馬の世話係をしていました。今の殿様が子どもだった頃、この馬丁も子どもでしたので、よく一緒に遊んでいたのです。「竹馬の友」というやつですね。
あるとき、若様が「かくれんぼをするぞ。そちが鬼じゃ」と言って、どこかへ行ってしまいました。子どものときからわがままだったんですね。ところが、さんざん捜し回っても若様が見つかりません。日が暮れて、どうしようもなくなって、べそをかきながら父親のいる馬小屋に行きました。すると父親は、そのことをすぐに先代の殿様に報告しました。
当時の殿様は、わがままなところはありましたが、今の殿様とは違って、家臣たちからの信望があったのです。その話を聞いた殿様は、「そちの息子を連れてまいれ」と言いました。
言われた通りに馬丁が息子を連れてくると、殿様はにっこり笑って「余と一緒に捜しに行こう」と言って、馬丁の息子の手を引いて、若様がかくれんぼをしていた庭に下りました。「ここかな? いや、ここにはおらぬぞ…。こっちかな? いや、こっちにもおらぬぞ…」などと言いながら、鶏小屋の裏の方へと導いていきました。そして、そこに、あの古井戸があったのです。
殿様が行方知れずになったと聞いて、そのことを思い出した馬丁は、すぐに鶏小屋の裏へ行って、古井戸を覗いてみました。すると、やはり殿様がいました。馬丁が声をかけると、殿様は「遅いじゃないか」と言いました。
それを聞いた馬丁は、昔、井戸の中から投げつけられた若様の言葉をありありと思い出しました。そこで、そのあとに投げつけられたもう一言を、井戸の中の殿様に投げ返してやりました。
「もう遊んでやらんぞ」
そして、三日間、誰にも古井戸の底に殿様がいることを話しませんでした。
三日後に、古井戸の中から助け出された殿様が馬の姿になっていたことに、馬丁はたいそう驚きました。しきりに「罰が当たったのじゃ」と言って反省している殿様を見ると、少しかわいそうな気もしてきました。そこへ、先代の殿様がやって来て、こう言いました。
「ちょうどよいではないか。町や村に用事のあるときは、この馬に乗って参れ。こやつの衣を着て行くがよい」
こうして、殿様の格好をした馬丁が、馬になった殿様にまたがって、町や村に出て行くようになりました。人々は、馬に乗っているのが馬丁だとは知らず、ずいぶん気さくな殿様だなと思って、何やかやと話しかけるようになりました。もちろん、もう井戸の底に向かって不平や不満を叫ぶことはありません。
このことから、「馬子にも衣装」という言葉ができたそうです。
――ここまで話した馬は、得意げに鼻を膨らませた。
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