カテゴリ「落語」の記事 (1)

――夜になると、シャハラ亭リヤール師匠の前で、弟子のザード姫が新作を披露した。

(弟子)まいど馬鹿ばかしいお話を一席。えー、これは、先週旅先で聞いた話なんですけど…。
(師匠)おいおい、ちょっと待て。先週というと…、お前、大臣と一緒に旅行してたのか?
(弟子)そうですけど、それが何か?
(師匠)なんということを…。不倫旅行とは、ふしだらな。
(弟子)不倫ですって? 何言ってるんですか。大臣は私の父ですよ。
(師匠)おお、そうだったな。しかし、大臣も大臣だ。この大事な時期に…。おい、大臣を呼べ!
(大臣)お呼びですか?
(師匠)お前はクビだ!
(大臣)またか。これで何度目だよ。
(師匠)どいつもこいつも、切れない刀みたいなやつばかりだな。
(弟子)…という話は、こっちに置いておきまして…

 その土地の運河の片隅に、美しい娘の銅像がありました。そのいわれを地元の人に尋ねてみたところ、その像には、それはそれは悲しい物語が秘められていたのです。

 ある日、子供たちが、運河に漂う美しい水死人を発見して、村中が大騒ぎになりました。普通、水死体は水を吸ってぶよぶよの醜い姿になるものですが、その娘のなきがらは、この世のものとは思えぬほどに美しかったのです。しかも、深緑色のもやもやとした海藻を身にまとっているだけという裸体でしたから、このニュースはあっと言う間に村中に広まって、男も女も大人も子どもも岸辺に集まって来ました。
 男たちが引き上げて、女たちが海藻をきれいに取り除くと、なんと、水死体の下半身には鱗のようなものがびっしりとくっついていたのです。これを見た村人たちは、これは人魚に違いないと噂し合っておりましたが、さらに金具でごしごしこすると、こびりついていたものが取れて、普通の人間の脚が現われました。
 人魚ではないと知って最初はがっかりしていた村人たちでしたが、彼女の生前の姿をめいめいが想像しているうちに、しんみりとした気持ちになってきました。
 その後、この不幸な死にみまわれた娘が近隣の村の者ではないと分かると、自分らの手で立派に葬儀をしてやろうということで、村人たちの意見がまとまりました。

 数年後、一人の旅人がこの村にやってきました。立派な身なりをした若者で、行方知れずになった女性を捜し歩いていて、この村で見つかった水死人の噂を耳にしたという話でした。村人たちが驚いたことには、旅人が語ったその女性の年格好や容貌は、まさにあの娘とぴったり一致していました。彼女が引き上げられた場所に案内してほしいと乞われた村人たちは、旅人を運河に連れて行きました。旅人は、村人が作った小さな墓碑銘の前で、長い間、佇んでいました。

 翌年、その旅人が再び村を訪れました。馬車の荷台には、きれいな布で丁寧に包まれた大きな荷物が乗せてありました。集まった村人たちに、旅人は、これをここに置かせてほしいと頼みました。それが、この美しい娘の銅像だったのです。

(師匠)ははーん、オチが読めたぞ。その銅像は、人魚姫の像だな。
(弟子)あのー、それを先に言わないでほしいんですけど…。
(師匠)こんな見え見えのオチで納得できると思ってたのか。昔から“サゲは読んでも読まれるな”と言うじゃないか。
(弟子)それを言うなら、“酒は飲んでも飲まれるな”でしょ。
(師匠)つべこべ言わずに…。
(弟子)黙って聞いてください!
(師匠)ああ、そうだった。

 それから何十年か後の、ある秋の夜。その娘の銅像の下で、一羽のツバメが羽を休めていました。すると、上からポタリと滴が落ちてきました。雨かなと思って上を見ると、銅像の目から涙がこぼれているのでした。
 「どうしたの?」とツバメは問いかけましたが、銅像は何も答えません。よく見ると、銅像は裸です。かわいそうに、寒くて声も出せないんだなとツバメは思いました。そこで、ツバメは銅像に何か着せてあげることにしました。
 ここまで来るときに、葦がいっぱい生えていたのを思い出したツバメは、その川辺に飛んで行きました。葦を細かくちぎっては運び、運んでは銅像の脚にくっつけているうちに、ツバメは力尽きて銅像の下に倒れてしまいました。
 「ありがとう、ツバメさん」と、銅像が初めて声を出しました。「あなたのおかげで、やっと元の姿に戻れました」
 しかし、ツバメは何も答えません。よく見ると、ツバメは息もしていないようです。かわいそうに、疲れて死んでしまったのだなと銅像は思いました。そこで、銅像は、私の声と引き換えに、ツバメに命を与えてくださいと、神に祈りました。

 翌朝、村の子どもたちが、銅像に起きた奇跡を発見して、村中が大騒ぎになりました。娘の像が、人魚姫の像に変身していたのです。このニュースはあっと言う間に村中に広まって、男も女も大人も子どもも岸辺に集まって来ました。
 村人たちは口々にこんなことを言いました。
 「すると、やはり、あの言い伝えは本当だったんだな」
 「いや、よく見てみろ。あれは本物の鱗ではないぞ」
 「何か、もやもやとした海藻のようなものがくっついてるよ」
 「なるほど。人魚姫だけに、海のもずくだ」

(師匠)ばかもん。それを言うなら、“海のもくず”だろうが!
(弟子)ああ、私が苦労して考えたオチは、これで“水の泡”となりました。

 人魚姫の像は何か言いたそうにしていましたが、もう声が出せません。
 エジプトに向かって飛んでいるツバメが、一言。
 「それを言うなら、“海の泡”でしょ!」

――シャハラ亭ザード姫は、これ以上ぐだぐだになることを避けて、慎ましく口を噤んだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)

カレンダー

<   2014年6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

Twitter

Powered by Movable Type 4.261

このページについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち、カテゴリ「落語」に属しているものが含まれています。

前のカテゴリは美術です。

次のカテゴリは裏話です。

最近の記事はメインページで、過去の記事はアーカイブで閲覧できます。

最近のブログ記事

最近のコメント