カテゴリ「ミステリ」の記事 (11)

 最初に刑事が登場する。これは倒叙ミステリをもう一度ひっくり返した登場ミステリなのである。ちなみに、この刑事は諸般の事情により胴長短足の犬の姿をしている。

 現場に入ろうとした胴長短足の犬刑事は、いつものように玄関先でもたついている。口にくわえていたビーフジャーキーを落としてしまい、這いつくばって捜しているのだった。
 「ああ、あった、あった」
 やっと見つけたビーフジャーキーのすぐ近くに、何やら臭い物がある。犬刑事はくんくん匂いを嗅いで顔をしかめた。
 「こりゃ、うんこだな。ビーフジャーキーにくっつかなくてよかったよ」

 「今回のホトケさんは猿ですか…。で、死因は?」
 犬刑事は死体を見て、近くにいた検死官に尋ねた。
 「後頭部に瘤ができてるが、それは致命傷じゃない。司法解剖しないと確かなことは言えんが、たぶん内蔵破裂だろうな。ほら、肋骨が折れてるだろ」
 しかし、犬刑事は、猿の足を見ていた。
 「おや? うんこがついてるぞ」
 「玄関先のうんこを踏んで、滑って転んだんだろうな」
 「それで頭に瘤ができた、と?」
 「たぶんね」
 「しかし、転んだだけで肋骨が折れたり内蔵破裂したりするものかな?」
 「いや。普通の転び方では考えられんね」
 「そうだよねえ…。交通事故の線は?」
 「室内だし、タイヤ痕もない。おそらく何か重い物の下敷きになったんだろうが…」
 「重い物なんて、ここにはなかったんだろ?」
 「その通り」
 「じゃ、誰かが持ち去ったか、それとも…」
 「それとも、何だい?」
 「重い物が自分で立ち去ったか。どっちにしろ、単純な事故じゃないね」
 「まあ、そういうことだね。玄関先から、ここまで引きずったうんこの跡もあるし」
 「あっ、ほんとだ」
 「あんたもそろそろ眼鏡をかけたらどうだい?」
 「いやあ、かみさんが眼鏡は似合わないって言うんでね…」

 「おや、おでこのところが赤くなってるね」
 犬刑事がそういうと、検死官は天眼鏡で猿の額を調べた。
 「転んだときにぶつけのかな…。念のために大写しで撮っておこう」
 検死官は一眼レフを取り出して接写した。
 「そのカメラ、デジタルじゃないね」
 「うちらはみんな昔ながらのフィルム式だよ。デジタル写真じゃ法廷で証拠能力が疑問視されるからな」
 「へえ、そうだったの!」
 「あんた何年刑事やってるんだよ」

 「それに、顔のあちこちに赤いブツブツもあるよ」
 「ふむ…。虫刺されのようだな」
 「何の虫だか分かる?」
 「ちょっと待って。鑑識に昆虫がいるから…」
 検死官に呼び出された昆虫の鑑識課員は、猿の顔を一目見て即答した。
 「スズメバチだ。こいつに刺されると、ショック死する可能性も充分ある。近くに巣がないか調べてみよう」
 鑑識課員が羽を広げて飛び去るのを見送って、犬刑事は言った。
 「あたしが言うのも何だけど、ここの警察、変わり者が多いね」

 犬刑事は、いつものように這いつくばって、何か証拠品がないかと捜し回っている。すると、土間の片隅に爆ぜた栗が落ちていた。触ってみると、まだ温かい。犬刑事は囲炉裏の方を振り向いて、眉間に皺を寄せた。

 そのとき、電話が鳴った。部下の刑事が出て、犬刑事に受話器を差し出した。
 「あなたにです」
 「かみさんに、ここだと言っといたもんだから…」
 犬刑事は何やら小声で話し始めた。
 「はい、あたしだけど……。そんなこと……。えっ、今すぐにって……。はい、分かりましたよ」
 電話を切ると、部下の刑事が言った。
 「今の電話、奥さんですか?」
 「いや、かみさんからだよ。現場で拾い食いするんじゃないとか、今日はもう帰って来いとか好き勝手なこと言ってさ…」
 部下の刑事は信じられないという顔をしている。
 「まったく信じられないよ、まだ続きを考えてないなんてね」
 犬刑事が玄関先のうんこをひょいと飛び越えて帰って行くのを、部下の刑事は呆然と眺めている。

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 刑事は登場しても、まだ犯人が登場していない。それでも読者は犯人や動機や手口についてよく知っている。それがこの転倒ミステリの凄いところである。

  玄関先のうんこで滑って転倒死したかに見える猿の死体が持ち上げられ、運び出されようとしている。犬刑事は、猿の尻をくんくん嗅いでつぶやいた。
 「やっぱりね…」
 猿の尻には玄関先に落ちているのと同じ匂いのものがべったりと付着している。これは、滑って仰向けに転倒したことの裏付けになるだろう。犬刑事は、猿の尻の写真をもう一枚撮るように言って、現場から立ち去った。

 犬刑事が目撃者に質問している。
 「パーンという乾いた音がして、その後でドスンと鈍い音がしたんですね?」
 「それで、外を見たら、臼が猿に馬乗りになってました」
 「臼が馬乗り…」と、犬刑事はメモしている。
 「猿は、馬みたいに四つん這い?」
 「いや、仰向けで、臼の顔を引っ掻いてましたよ」
 「二人は何か言ってましたか?」
 「猿の方は『やめろ』とか『離せ』とか叫んでましたが、臼は何も言わずに凄んでました」
 「凄んでた?」
 「はい。一瞬、目が合ったけど、恐ろしい顔でした」
 「なるほどね」
 「それですぐに、猿を引きずって家の中に入って行きました」
 「猿はぐったりしてた?」
 「羽交い締めにされて、じたばたもがいてましたよ」
 「その後、玄関は開けたまま?」
 「ぴしゃりと閉められました」
 「誰が閉めたか見ましたか?」
 「もちろん。臼ですよ」
 「その一部始終を、二階の部屋から見てたんですね」
 「はい」
 「どんな風に見えるか確認したいんだけど、いいですか?」
 「どうぞ…。でもその前に、その足、きれいに拭いてくださいよ」

 犬刑事は目撃者の二階の部屋から、平屋建ての猿の家を見下ろした。屋根の上に足跡があった。ちょうど玄関の真上だ。
 「おーい、誰かいるかい?」
 猿の家から部下が出てきた。
 「何ですか、警部?」
 「屋根の上に足跡があるから調べといてよ!」
 部下は屋根を見上げた。
 「あー、それから、君…」
 「何ですか?」
 「そのうんこ、踏まないようにね!」
 部下は飛びすさった。

 酒場で臼が飲んでいると、犬刑事がやってきた。
 「あんた、デカだろ」
 「どうして分かったの?」
 「見りゃ分かるって。言っとくけど、俺はやってないぞ」
 「分かってるよ」
 「あんた、俺を疑ってないのか?」
 「それくらい、顔を見りゃ分かるよ」
 「冗談はよせよ」
 臼は笑ったが、犬刑事は真顔でこう言った。
 「引っかき傷がないからね」
 犬刑事はポケットから袋入りの菓子を取り出した。
 「これ、旨いよね」
 それは、“猿蟹印の柿の種”だった。

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 犬刑事がポケットから出した“猿蟹印の柿の種”を見て、臼が過去を語り始める。それは、猿に殺された蟹のために栗・蜂・牛糞・臼が仇討ちをするという、日本の昔話「猿蟹合戦」そっくりの内容だった。ただし、蟹も猿も死なないところは「さるかにばなし」と同じだ。

 猿は蟹たちと仲直りをして、一緒に遊ぶようになり、やがてみんなで会社を興した。それが、知る人ぞ知る“猿蟹印の柿の種”の製造元である。この製品は一般の商店では購入できない。入手するには、おにぎりを製造元に持って行って物々交換するしかない。このとんでもない販売方法が話題となって、大ヒットした。これを思い付いたのは猿だった。

 おにぎりを原料にして柿の種を作り、柿の種をおにぎりと交換する。この繰り返しでは利益は出ないが、食うには困らなかった。ベンチャー企業というよりは遊びの延長だ。
 しかし、あるとき、おにぎりに毒物を混入する不届き者が現われた。この絶体絶命の危機を乗り越えられたのも猿のおかげだった。車で移動しながら、その場で作って交換するというアイディアだ。
 「早く芽を出せ柿の種…」という蟹の売り声のほかにも、おにぎりを臼に入れて猿が搗いたり、柿の種と一緒に金網の上に乗った栗が爆ぜたり、いきなり蜂が飛び出して待ってる客を意味もなく驚かせたりするパフォーマンスも大いに受けた。ちなみに、燃料には牛糞を乾燥させたものを使っていたが、このことを知る人はあまりいない。

 やってることは面白かったが、会社の経営は赤字続きだ。夢想家の猿と現実家の蟹は、よくそのことで対立したが、ほかのメンバーを交えて議論しているうちに、いつの間にやら馬鹿話になったりして、その中から新たなアイディアが出ることもあった。
 「現金が必要だったら、売っちゃえば?」という牛糞の一言で、置いてくれそうな商店をさがし歩くことになったり、「賞味期限切れ寸前のおにぎりと交換してもらおう」という栗の提案で、毎日コンビニ通いをしたりして、徐々に販路が拡大していった。

 その頃には蟹の子供たちも仕事を手伝えるようになっていたが、それでも生産が追い付かず、とうとう機械を使おうかという話になった。機械の導入に猿は最後まで反対してくれたが、結局、賛成多数で押し切られてしまった。

 蟹が引退して子供たちが経営に口を出すようになり、腰痛を隠して頑張っていた猿も現場から退いた。蜂と栗は何度も世代交代をした。今でも現場に残っている創業時のメンバーは臼だけになった。
 最近では、蟹たちが現場に顔を出すことも滅多になくなり、コストダウンのため派遣社員を雇うようになっている。一粒毎に微妙に異なる手作りの味を知っている古い顧客も少なくなってきた。他社のまねをして柿の種に豆類を混ぜたものや海苔巻きのあられと豆類だけという、もはや柿の種が一粒も入っていない商品まで作るようになってしまったことを、つい先日も、猿酒を飲みながら「これもまあ仕方がないか」と語り合ったりしたばかりだった。

 話を聞き終わって酒場から出て行く犬刑事に、臼はこう言った。
 「必ず犯人を見つけ出してくれよ」

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 酒場から出てきた犬刑事は、頭に手を当てて急に立ち止まった。
 「あっ、ひとつ忘れてた!」
 そして、くるりと身を翻して過去へと引き返した。

 行き当たりばったりに話を書いていると、うっかり書き忘れていた場面を後から挿入したくなることがある。それを何食わぬ顔で書き足してしまえるのは、この倒錯ミステリの便利なところである。

 犬刑事は、目撃者の話を聞いた後、“猿蟹印の柿の種”の製造元にやって来た。猿はこの会社の共同経営者の一員だという話だ。
 会社はまだ開いていた。この事実から、猿の死亡推定時刻は会社の就業時間内に設定されるのだろうと推理できる。

 オフィスの受け付けには乳牛が座ってMoreを吸っていた。
 「何か御用?」
 犬刑事は、笑みを浮かべながらバッジを見せ、用件を伝えた。

 応接室に通されて、部屋のあちこちを嗅ぎ回っていると、さっきの乳牛が緑茶と柿の種をテーブルの上に置いて行った。ソファーに飛び乗って柿の種をポリポリ食べていると、蟹が入って来た。
 「臼を訊問したのかね?」
 犬刑事は柿の種を喉につまらせて咽せた。
 「何をぐずぐずしてるんだ」
 犬刑事は目を白黒させながら緑茶を飲んでいる。
 「猿の様子を見に行った臼から話を聞いたが、状況からすると臼が怪しい」
 蟹は目の前で呑気に菓子を食い茶など飲んでいる犬に苛々しているようだ。
 「この私も容疑者なんだろう?」
 犬刑事は飲んでいた茶を吹き出した。

 「目撃者の証言によりますと…」
 犬刑事は手帳を見ながら蟹に説明している。
 「仰向けになってる猿に臼が馬乗りになり、そのあと暴れている猿を羽交い締めにして家の中へ引きずって行き、玄関をぴしゃりと閉めた、ということなんですが…」
 「やはり臼が犯人だったか」
 「いえ、まだ臼さんの話を伺ってないので…」
 「じゃあ、早く話を聞きに行けばいいだろう」
 「それが、臼さんの行方が分からなくて困ってるんです」
 「酒場に行ってみろ。臼は飲んだくれている筈だ」
 「それはどうも。大助かりです」
 犬刑事が出て行くと、蟹は溜め息をついた。やれやれ、世話の焼ける刑事だ。すると犬刑事が急に戻って来た。
 「あのー、うっかりお尋ねするのを忘れてました」
 「何だね?」
 「なぜ、猿さんは逃げなかったんでしょう?」
 「どういう意味だ?」
 「家の中に引きずり込まれるときは暴れてたんだから、臼が玄関を閉めようとして手を離した隙に、逃げようと思えば逃げられた筈なんです」
 「さあね…。それを調べるのが君の仕事だろう」
 「ごもっともです」
 犬刑事はすごすごと退散していった。

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 犬刑事が応接室から出ると、受け付けの乳牛が帰り支度をしていた。
 「あのー、臼さんがよく行く酒場って、どこだか分かります?」
 「通り道だから、乗せてってあげるわよ」
 「じゃ、遠慮なく」
 そんなわけで、犬刑事は乳牛に乗って臼のいる酒場に向かうことになった。

 乳牛の背に揺られながら犬刑事が質問している。
 「猿さんは、どんな方でしたか」
 「そうねえ、次々に面白いことを考えつくアイディアマンって感じだったわね」
 「だれかに恨みを買うようなことは」
 「さあ…。蟹さんとはよく意見が衝突してたみたいだけど、恨むとか恨まれるとかいうのとは違うかも…」
 乳牛はしばらく黙っていたが、話を続けた。
 「実は最近、私も新商品の開発に関わってたんですよ」
 「ほほう。それはどんな商品ですか」
 「牛糞固形燃料」
 「牛糞?!」
 犬刑事は思わず飛び上がった。
 「そんなにびっくりしないでよ。昔は私の糞を燃料にして柿の種を焼いてたんだから」
 「なるほど、そうでしたか」
 「機械化されて、今ではガスとか電気とか使ってますけどね」
 酒場が見えてきた。
 「どうも、とても参考になるお話でした」
 「今の話は蟹さんには内緒よ」
 「これから会う臼さんには?」
 「あのひとは、もう知ってるから大丈夫よ」
 犬刑事が降りると、乳牛は“猿蟹印の柿の種”を一袋くれた。そして、猿の家のある方向へと歩いて行った。身寄りのない猿のために、これから葬儀の準備をするのだという話だった。

 犬刑事は、臼の話はもう聞いたから、このまま乳牛について行った方が良かったかなと思ったが、二つの場所に同時に存在できる設定はミステリでは禁じ手になっている筈なので、大人しく酒場に入って行った。

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 犬刑事が酒場に入ると、臼が一人で飲んでいた。ここで以前と同じシーンを再現するのも芸がない。しかし、同じ場所・同じ時間に別の出来事が起きるのもミステリの世界では禁じられている筈だ。そこで、犬刑事は臼の話を聞き流しながら、これまでの話を頭の中で整理することにした。

 死亡推定時刻と死因については検死報告書待ちだ。玄関先に落ちていた糞と猿の体に付着していた糞の成分についても鑑識が調べている。玄関の上の屋根に残っていた足跡は臼の足と照合しなくてはならないが、これは後で臼に何か適当なものを踏んでもらえばいい。しかし、乳牛の糞をどうやって手に入れるかが問題だな。
 目撃者と蟹の話には疑わしい点が多いけれど、今のところ物証がない。もしも目撃者が嘘を吐いているとすると、臼の容疑は一応晴れる。しかし他方では、猿の引っ掻き傷がないことを理由に臼を容疑者から外すことはできなくなる。
 あと、栗と蜂の件もあったっけ…。しまった! 現場で拾った栗をポケットに入れたままだ。署に帰ったら忘れずに鑑識に渡さなくっちゃ…。
 少し頭がすっきりしたけれども、まだ何かもやもやとしている。まあ、最初は大体こんな感じだし、何か進展したときにまた考えりゃいいか。

 あれこれと考えごとをしているうちに、臼の話が終わった。犬刑事は礼を言って酒場を出ようとした。背後から「必ず犯人を見つけ出してくれよ」という臼の言葉が聞こえた。

 次の瞬間、犬刑事はミステリの掟から解放されて、くるりと振り返った。
 「そうそう、ここに来る途中、牛さんから聞いたんですけど…」
 すると、臼は立ち上がった。
 「そのことは、歩きながら話そう」

 犬刑事は、酒場から出てきた臼の足元を見て言った。
 「そのブーツ、変わってますね」
 「これは地下足袋という日本の履物だ」
 「ああ、ニンジャが履いてるやつですね」
 「ま、そんなもんだ」
 「ニンジャだったら、梯子がなくても屋根に飛び乗ったりできるんでしょうね」
 「何が言いたいんだ?」
 「いえ、猿さんの家の屋根に足跡があったのを、ふっと思い出しんで」
 「つまり、俺が屋根にいたと言いたいのか」
 「その反対です。あの足跡と一致しなければ、あなたの容疑は晴れるんですよ」
 犬刑事は、さっき考えていたことを口にするチャンスだと思った。
 「そのブーツの型をとらせてもらえると、ありがたいんですが…」
 「そう言われると、断るわけにはいかんな」
 臼は憮然としている。
 「それに、あなたはニンジャではない。梯子か何かがなければ屋根には上れません」
 「確かにそうだな」
 「あなたが現場に行ったとき、梯子か何かありましたか?」
 臼は立ち止まって、何かふっきれたように言った。
 「なかったよ」
 「玄関は閉まってましたか」
 「開けっ放しだったな。猿が倒れているのが見えたんで急いで駆け込んだんだ」
 「そのときは、もう…?」
 「息もしてなかったし、脈もなかった…」
 臼は、空を見上げながら苦しそうに言葉を絞り出した。
 「必死で、心臓マッサージをしたんだ…。だけど、駄目だった」
 「そうでしたか」
 「外へ出ようとしたら、向かいの家の男と目が合った」
 「二階の窓から見てた人ですね」
 「それで怖くなって、玄関を閉めて裏口から逃げてしまった」
 「よく話してくれました」
 「あんたは信じてくれるよな」
 「もちろんです。あとで正式な供述をしてくれますね?」
 「ああ。これでやっと、猿のやつに顔を会わせることができる」

 二人は猿の家の前までやって来た。立ち入り禁止のテープは撤去されていて、警官たちの姿ももうない。どうやら事故死として処理されているようだ。
 「それじゃ、私はこれから署に戻ります」
 臼は犬刑事に向かって御辞儀をして、猿の家に入って行った。

 署に戻った犬刑事は、ポケットから栗を取り出して鑑識係のところに持って行った。
 「これで、よし」
 しかし、牛糞固形燃料の件を聞きそびれたことには、全く気付いていないようだった。

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 紙コップを持った犬刑事が自分の机に戻って来た。机上には、報告書の束がいくつか乗っている。コーヒーを飲みながら報告書にざっと目を通す。特大の付箋に

要するに、スズメパチの毒によるショック死

と大きく書いてあるのは検死報告書だ。その下の報告書は鑑識からのもので、写真が二枚クリップで止めてある。裏にはそれぞれ別の筆跡で、

屋根の足跡:猿の足型と一致

スズメバチの巣:猿の家の軒下

と記入されていた。紙コップが空になると、犬刑事は写真をポケットに突っ込んで、猿の家へ向かった。

 猿の家では、既に葬儀の準備が始まっていた。開いたままの玄関から中を覗くと、蟹と臼が葬儀社の社員と何か打ち合わせをしている。裏へ回ると、縁側に座って例の細い紙巻き煙草を吸っている乳牛の姿が見えた。犬刑事は引き返して、目撃者の家に行った。

 目撃者の男は、犬刑事を大喜びで迎え入れた。
 「あの臼が、犯人なんでしょう。なぜ逮捕しないんですか?」
 「臼さんは犯人じゃないよ」
 「どうして?」
 「本人がそう言ったから」
 「それを信じたんですか!」
 「まあ、あんたの迷推理よりは信頼できるからね」
 「……」
 その後、目撃者は、実際に見聞きしたことだけを改めて証言した。それは、臼の証言を裏付ける内容だった。

 前足を窓枠に乗せて犬刑事が外を眺めている。
 「ここからは、猿さんの家の裏の方は見えないよね」
 「そうですね」
 「さっき、裏の方で牛さんが煙草を吸っていたよ」
 「何の話ですか?」
 「猿さんちに出入りしてた乳牛、知らないの?」
 「乳牛ですか…。見たことないなあ…」
 「そうか…。ということは…」
 犬刑事は、何やらぶつぶつつぶやき始めた。
 「お役に立てなくて、すみません」
 「いや、大いに参考になりましたよ」
 犬刑事は、何ごとか考えながら窓から離れて部屋を出ようとしたが、ふと、立ち止まった。
 「あんた、警察に通報した?」
 「いいえ」
 「そうだよね。じゃ、誰が通報したんだろう…」

 今さら、そんなこと言ってて、ほんとに大丈夫なのか、この刑事(というか、この話)?

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 葬儀社の社員の携帯が鳴った。社員は二言三言、言葉を交わして電話を切った。
 「受け渡しの準備が整ったそうです」
 臼が立ち上がるのを制して蟹が出て行った。
 「君たちはここに残ってくれ」
 蟹を乗せた遺体搬送車を見送って臼と牛が戻ると、家の中に犬刑事が座っていた。
 「蟹さんもずいぶんせっかちな方のようですね」
 臼と牛が顔を見合わせている。
 「あたしの上司もあんな感じですよ。署に帰ってデスクに着いた途端、『報告書はまだか』ってね…」
 「あんた、裏から入ったのか?」
 臼が尋ねると、犬刑事は頷いた。
 「表からだと、スパイに見つかっちゃいますから」
 「スパイ?」
 「例の目撃者ですよ。さっき会って話をしてきましたが、たぶん普段から猿さんを見張ってたんでしょう。もちろん蟹さんの指示で」
 犬刑事は、乳牛に向かってこう続けた。
 「あなたは、それを知ってた筈です。だから、ここへ来るときはいつも裏から入って、帰るときも裏から出ていた」
 「驚いたわね…」
 今度は、臼に向かって言った。
 「いいニュースもあります。猿さんの死因は蜂の毒でした」
 「そうだったのか」
 「それに、もうひとつ。屋根に付いてた足跡は猿さんの足と一致しました。これで臼さんの容疑はほとんど晴れることになります」
 臼は、溜め息を吐いた。
 「まだ完全には晴れていないわけだ…」
 「そうです。そこで、牛糞燃料のことを知りたいんです」
 「蟹さんが戻るまでの間に、なるべく詳しく教えてください」

 臼と牛の話を要約すると、以下のようになる。

 ある日、急に猿が牛糞固形燃料の商品化を思い立った。臼は、蟹が承知する筈がないからと言って反対したが、なぜか猿は頑固だった。柿の種を焼くときに牛糞固形燃料を使っていたときの経験から、匂いが気にならないことは分かっている。糞だから臭いはずだという世間一般のイメージを覆すためにはどうすればよいかと議論しているうちに臼も次第に乗り気になってきた。実験には牛も喜んで協力してくれた。外見を改良したり、芳香を加えたり、燃焼効率を高めたり、さらに付加価値を高めるアイディアを盛り込んでいった。
 試作品は、商品としての魅力が充分あるものになっていった。後は、蟹を説得するだけだ。蟹が反論しそうな点を徹底的に潰していって、最終的には、薪そっくりの外見で、煙がほとんど出ず、そのかわりに防虫効果のある微香が漂うというものになった。これを、屋外での使用に特化した商品として販売する。

 臼が、囲炉裏の中から薪を何本か拾い上げた。
 「これが、その試作品です」
 手渡された犬刑事は匂いを嗅いだ。
 「あのときも、この匂いがしていました。それで、分からなくなってしまいました」
 ポケットから写真を取り出して二人に見せた。
 「この家の軒下にこんな巣がありました。しかし、なぜ、猿さんはスズメバチに刺されたんでしょう?」
 そのとき、車の音が聞こえた。遺体搬送車が戻って来たようだ。犬刑事は写真をポケットに入れて、裏口から出て行った。

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エピローグ

 やっと仕事から解放された犬刑事が酒場に入ってきた。
 「遅かったじゃないか」
 持ち込んだ酒をカウンターで飲んでいる検死官が声をかけた。
 「参ったよ。まさかこんなオチだったとはね…」
 「報告書をちゃんと読まないから、そういうことになるんだ」
 検死官の隣の席に犬刑事が飛び乗ると、店の奥から店主が現われた。
 「どうだい、月末までにエピローグを書いたぞ」
 店主は犬刑事の大好物の蓋を開けた。
 「約束通り、このハーゲンダッツは俺がいただくよ」
 「そんな約束してたっけ?」
 「とぼけたって駄目だよ。事件の前に、ここで打ち合わせをしたときに…」
 「なるほどね、そういうことになってるんだ」
 「何なら、この後にプロローグを書こうか?」
 「いいから、それ、早く食べてしまいなよ」

 こうして、一つの事件が残念な結末を迎えてしまったらしい。結末を省略してエピローグを書いてしまうところが、この馬鹿ミステリの馬鹿なところである。重要な部分を太字にして、もう一度書いておく。

結末を省略してエピローグを書いてしまうところが、この馬鹿ミステリの馬鹿なところである。

 念のために言っておくが、「省略して」というのは「後回しにして」という意味ではない。完璧な結末ができあがっているのに、敢えてそれを書かないのだ。

 つくづく思う。本当に馬鹿な話だ。

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 サンダルを履いた猿が叫んだ。
 「また、このエンディングかよ!」
 猿は魔法の鼻紙入れを畳んで放り出した。

 全てはゲームの中(*1)という展開を抜け抜けとパクってしまえるところが、この残念ミステリの強みである。

(*1)ただし、原典が“It's all in the game”だけだとは限らない。

 ヽ大法師が素早く猿の鼻紙入れを拾った。
 「よし、俺の番だ」
 鼻紙入れが魔法のオープニング曲を奏で始めると、八房が胴長短足の犬刑事に変身した。そして、こう言った。
 「まだまだやめませんよ」

 猿の家では通夜が始まっていた。犬刑事が隣に座った検死官に小声で言う。
 「あたしゃ初めてだよ葬式の前夜祭というのは…。おやつっていうんだっけ?」
 すると、検死官の姿をした熊が小声で突っ込んだ。
 「おやつじゃなくてお通夜だよ」
 犬刑事はガサゴソと音を立てて、ポケットから検死報告書を取り出した。
 「何べん読んでも、さっぱりだよ」
 「ほら、ここん所をよく見ろよ」
 「“Cancer”って何?」
 「あんたに分かりやすいように英語で書いたんだけどな…」
 「あたしゃ犬ですからね。読んで分かるのは動物と食べ物の名前ぐらいなんだ」
 「“Cancer”っていうのは“Crab”のことだよ」
 「なんだ、蟹か…。でも、なんでここに蟹が出てくるの?」
 「“Cancer”には、もう一つ意味がある。“癌”だ」
 「そうだったの? じゃ、“Liver”に“Cancer”があるってことは…」
 「肝癌だ。いつ死んでもおかしくない状態だった」
 「それじゃ、病死の線もあるってこと?」
 「いや、それはない。血液中からは蜂の毒は検出されなかった。つまり、肝臓の正常な部分がちゃんと分解していたということだ」
 「でも、付箋には“蜂の毒でショック死”とか書いてただろ?」
 「傷口に蜂の毒が残っていたから、蜂に刺されたのは間違いない。それで、その抗体がないかと調べたら、大量に見つかった。ということは、この猿は以前にも蜂に刺されたことがある筈だ。つまり、アレルギーの発作で死に致ったと考えるのが妥当な線なんだよ」
 「ふうん…。そいつは知らなかったな」

 ――さて、どうする?
 ヽ大法師は、表示された選択肢の中から、迷わず「蟹を自白させる」を選んだ。(*2)
 すると、またもや残念なエンディングが始まり、ヽ大法師は魔法の鼻紙入れを放り出した。犬刑事が八房の姿に戻って吠えた。
 「誰か、早くクリアしてくれよ!」

(*2)これは、「証拠よりも自白を重視する」という説に対するあてこすりだと思われる。


〔作者より〕
タイトルの(禁太郎篇)を(ヽ大法師篇)に修正しました。(2009/09/02)

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‮ 犬刑事は、猿の棺の中を覗き込んで叫んだ。 「あっ、ホトケさんがいなくなってる... [ 続きを読む ]
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