最初に刑事が登場する。これは倒叙ミステリをもう一度ひっくり返した登場ミステリなのである。ちなみに、この刑事は諸般の事情により胴長短足の犬の姿をしている。
現場に入ろうとした胴長短足の犬刑事は、いつものように玄関先でもたついている。口にくわえていたビーフジャーキーを落としてしまい、這いつくばって捜しているのだった。
「ああ、あった、あった」
やっと見つけたビーフジャーキーのすぐ近くに、何やら臭い物がある。犬刑事はくんくん匂いを嗅いで顔をしかめた。
「こりゃ、うんこだな。ビーフジャーキーにくっつかなくてよかったよ」
「今回のホトケさんは猿ですか…。で、死因は?」
犬刑事は死体を見て、近くにいた検死官に尋ねた。
「後頭部に瘤ができてるが、それは致命傷じゃない。司法解剖しないと確かなことは言えんが、たぶん内蔵破裂だろうな。ほら、肋骨が折れてるだろ」
しかし、犬刑事は、猿の足を見ていた。
「おや? うんこがついてるぞ」
「玄関先のうんこを踏んで、滑って転んだんだろうな」
「それで頭に瘤ができた、と?」
「たぶんね」
「しかし、転んだだけで肋骨が折れたり内蔵破裂したりするものかな?」
「いや。普通の転び方では考えられんね」
「そうだよねえ…。交通事故の線は?」
「室内だし、タイヤ痕もない。おそらく何か重い物の下敷きになったんだろうが…」
「重い物なんて、ここにはなかったんだろ?」
「その通り」
「じゃ、誰かが持ち去ったか、それとも…」
「それとも、何だい?」
「重い物が自分で立ち去ったか。どっちにしろ、単純な事故じゃないね」
「まあ、そういうことだね。玄関先から、ここまで引きずったうんこの跡もあるし」
「あっ、ほんとだ」
「あんたもそろそろ眼鏡をかけたらどうだい?」
「いやあ、かみさんが眼鏡は似合わないって言うんでね…」
「おや、おでこのところが赤くなってるね」
犬刑事がそういうと、検死官は天眼鏡で猿の額を調べた。
「転んだときにぶつけのかな…。念のために大写しで撮っておこう」
検死官は一眼レフを取り出して接写した。
「そのカメラ、デジタルじゃないね」
「うちらはみんな昔ながらのフィルム式だよ。デジタル写真じゃ法廷で証拠能力が疑問視されるからな」
「へえ、そうだったの!」
「あんた何年刑事やってるんだよ」
「それに、顔のあちこちに赤いブツブツもあるよ」
「ふむ…。虫刺されのようだな」
「何の虫だか分かる?」
「ちょっと待って。鑑識に昆虫がいるから…」
検死官に呼び出された昆虫の鑑識課員は、猿の顔を一目見て即答した。
「スズメバチだ。こいつに刺されると、ショック死する可能性も充分ある。近くに巣がないか調べてみよう」
鑑識課員が羽を広げて飛び去るのを見送って、犬刑事は言った。
「あたしが言うのも何だけど、ここの警察、変わり者が多いね」
犬刑事は、いつものように這いつくばって、何か証拠品がないかと捜し回っている。すると、土間の片隅に爆ぜた栗が落ちていた。触ってみると、まだ温かい。犬刑事は囲炉裏の方を振り向いて、眉間に皺を寄せた。
そのとき、電話が鳴った。部下の刑事が出て、犬刑事に受話器を差し出した。
「あなたにです」
「かみさんに、ここだと言っといたもんだから…」
犬刑事は何やら小声で話し始めた。
「はい、あたしだけど……。そんなこと……。えっ、今すぐにって……。はい、分かりましたよ」
電話を切ると、部下の刑事が言った。
「今の電話、奥さんですか?」
「いや、かみさんからだよ。現場で拾い食いするんじゃないとか、今日はもう帰って来いとか好き勝手なこと言ってさ…」
部下の刑事は信じられないという顔をしている。
「まったく信じられないよ、まだ続きを考えてないなんてね」
犬刑事が玄関先のうんこをひょいと飛び越えて帰って行くのを、部下の刑事は呆然と眺めている。

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