カテゴリ「故事」の記事 (9)

 昔、胡散臭い武器屋が矛と盾を売っていた。

 矛を売るときには「この矛は、どんな盾でも貫くことができる」と言い、盾を売るときには「この盾は、どんな矛にも貫かれない」と言っている。

 客の一人が「それでは、その矛でその盾を突いたら、一体どうなるんだい?」と尋ねたところ、武器屋は「それでは実際にやってみよう」と、その客に盾を持たせ、自分は矛を取った。

 客は「おいおい、もしこの盾が貫かれたら、怪我をするのは私の方じゃないか」と言って、武器屋に盾を返して、矛と交換させた。

 武器屋は盾を構え、客は矛を構えている。狙いを定めて思いっきり突き込むと、矛先は盾の中へとずぶりと沈んだ。

 客は「この矛は盾を貫いたぞ。ということは、その盾は矛に貫かれたわけだな」と言って盾の裏側を見た。すると、どうしたことか矛先はどこからも突き出ていない。

 武器屋は平然として「この通り、矛は盾を貫き、盾は矛に貫かれなかった」と言い放った。

 納得できない客が「矛先はどこへ消えたんだ?」と尋ねると、武器屋は「消えたのではない。次元の壁を越えて別の空間に突き出しているのだ」と答えた。

 このことから「矛先を転ずる」という言葉が生まれたそうだ。

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 ある男が馬上で詩の一節を思い付いた。

僧は推す月下の門

 厠で座っているときに別の表現が浮かんだ。

僧は敲く月下の門

 夜になり、寝ながら詩のことを考えていたら夢を見た。

蝶は戯れる月下の門

 目が覚めると、もう何が何だか分からなくなってきた。

蝶は渡る韃靼の海

橋を渡る世間の鬼

雉が語る犬猿の仲

人も氷る宇宙の旅

 男は、「これは妖怪枕返しの仕業に違いない」と思った。

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 昔、臆病者の兵士が二人いた。

 あるとき、偵察を命じられた二人は、草むらの中をおっかなびっくり進んでいた。

 いきなり前方から敵の兵士が現われた。驚いた二人は一目散に逃げ出した。一人は五十歩しか逃げなかったが、もう一人は百歩も逃げていた。五十歩逃げた兵士はそれを見て笑った。
 「百歩も逃げるなんて、おまえは臆病なやつだな」
 「おまえがのろまなだけだろ」
 「顔に鼻くそが付いてるやつに言われたくないな」
 「おまえだって、顔に目くそが付いてるくせに」
 そんなことを言い合っていると、五十歩逃げた兵士の足元に何かが転がって来た。
 「ん? 何だこれ?」
 手榴弾だ。どかーん。

 結論。もっと遠くまで逃げた方がよかった。

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 昔、石投げの名人がいた。この男が石を投げると、狙った的を外すことがなく、百発百中だという。
 しかし、この石投げ名人の上をいく強敵が現われた。動かない的に当たるのは当たり前だ。二代目名人は、空を飛ぶ鳥に石を当てることができるという。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
 しかし、上には上があるもので、さらなる強者が現われた。三代目名人は、一つの石で二羽の鳥を落とすという。

 これを聞いた初代名人は心中穏やかではない。そこで、さっそく猛特訓に取り組んだ。
 手始めに、庭にいる鶏に石を投げつけてみた。すると見事に当たったが、これは何か違うなと思った。そこで、鶏に空を飛ぶ特訓をやらせることにしたが、これもやはり何かが違う。

 初代名人がボケたことをやってるうちに、二代目名人は、かの山に行って兎を追っていた。ぴょんぴょん飛び跳ねる兎めがけて石を投げつけると、兎は鵜と鷺に分裂して飛び立ったが、跳ね返った石が命中して、二羽とも落ちた。
 よし、次は二羽の兎に挑戦してやろう。これに成功すれば「一石二兎四鳥」だ。二代目名人は二兎を追い始めた。

 こうなると、三代目名人もうかうかとしていられない。大きな鳥に石を当てたぐらいではまだまだだ。小さな鳥に命中させてこそ名人というものだろう。そこで、小さなハチドリを狙ってやろうと考えた。
 ちょうど折りよく二羽のハチドリが飛んで来たので、小石を拾って投げつけた。小石は見事に命中したが、ハチドリだと思っていたのは実は蜂だった。怒った蜂は名人に向かって来て、プスリと刺した。
 あまりの痛さで名人が泣いていると、もう一匹が向かって来た。泣きっ面に蜂とはこのことだ。
 「もう刺さないでくれ!」
 名人が泣きながら頼むと、もう一匹はこう答えた。
 「安心しろ。同じときに二回刺されても死にはしないよ」
 「なんだ、そうだったのか」
 「それに、俺は蜂ではなくて虻だ」
 虻は名人を一刺しすると、どこかへ飛び去って行った。

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 昔、洛陽に、腕のいい絵描きがいた。何を描いても本物そっくりに描けるというので評判になり、彼が描いた絵は飛ぶように売れた。
 あるとき、絵描きは、「普通の絵を描いても面白くない。誰も見たことのない龍の絵を本物そっくりに描いてやろう」と決心した。

 決心したのはいいが、やはりどうもモデルがいないとうまく描けない。蛇に足を付けただけのようなものや、頭の方は龍に見えても尻尾を見ると蛇などという失敗作ばかりだ。

 手持ちの金も底をついてしまって、絵描きが途方に暮れていると、仙人が現われた。
 「どうしても龍の絵を描きたいのか?」
 「はい」
 「それなら、わしについて来るがよい」
 こうして絵描きは、仙人の住む水墨画のような世界に連れて行かれた。

 深い谷に臨んだ岩の上に座っていると、凄まじい形相をした巨大な龍が襲いかかって来た。絵描きは、必死で龍の姿を目で追い、筆を走らせ続けた。こうして、自分でも驚くほど本物そっくりの龍の姿を描くことができた。あとは瞳を入れて仕上げるだけだ。
 ところが、絵描きが瞳を描いた途端、龍は絵の中から抜け出して、空の彼方へ飛んで行ってしまった。

 絵描きは仙人に言った。
 「絵を仕上げると、龍が逃げ出してしまいました。これでは困ります」
 「どうしてじゃな?」
 「白紙の絵なんて、誰が買ってくれるでしょうか」
 「瞳を入れなければよいではないか」
 「そんな未完成の絵を売るわけにはまいりません」
 「まだまだ修行が足らんな」
 仙人は、ある高僧の元で修行してくるようにと命じた。

 その僧は厳しかった。どうしても龍を描きたいのだと言っても、なかなか許してもらえない。それどころか、筆さえ持たせてもらえず、あれこれと雑用ばかりさせられた。そんな辛い日が幾日も幾日も続いた。
 ある日、やっとのことで、屏風に虎の絵を描いても良いというお許しが出た。「ただし、どんなことがあっても、決して瞳を描いてはならぬぞ」ときつく言い渡された。虎の絵は描けたが、瞳が入っていないのがどうしても物足りない。しかし、絵描きは、師匠の言葉を思い出して、ぐっとこらえた。
 「師匠、虎の絵ができました」
 「ほう、なかなか良い絵が描けたな」
 屏風を見た僧は、弟子を呼び出した。
 「この屏風の中におる虎を、この縄で縛って見せよ」
 すると弟子は、こう言った。
 「虎を絵の中から出してくだされば、縛ってお見せいたしましょう」
 この状況は、瞳を描きたくて仕方のない絵描きにとっては拷問に等しい。しかし、絵描きは歯を食いしばり全身をわなわなと震わせながら、誘惑に打ち克った。

 こうして長く厳しい修行の末、瞳を描かずに絵を仕上げるという高度な技を体得した絵描きが、仙人の元へと戻って来た。
 「お蔭様で、このような絵を描くことができるようになりました」
 「ほほう、見事な絵じゃな。しかし、これは龍ではないようじゃが…」
 「はい。これは、師匠の御姿を描いたものです」

 その絵は飛ぶように売れたという。

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 昔、へそ曲がりの占い爺さんがいた。めでたいことがあると不吉なことを言い、不幸なことがあると吉兆だなんて言うので、周りの人々には煙たがられていた。

 あるとき、爺さんが飼っていた馬が逃げ出した。人々が、さて爺さんは何と言うだろうと集まって噂していると、爺さんが出てきて、こう言った。
 「幸いなことが起こるに違いない」
 しかし、しばらく待っても馬は戻って来なかった。困った爺さんは、こっそり仙人に相談した。仙人は、ある絵描きを紹介してやった。

 ある日、絵描きのところに変な爺さんがやって来た。逃げた馬の絵を描いてくれという。絵描きは馬の特徴を聞きながら、筆を走らせた。完成した絵を渡すと、爺さんは困ったような顔をしている。
 「ああ、瞳がないのは気にせんでください。私が瞳を描くと、本物が飛び出してしまうのですよ」
 「わしは、その飛び出した馬が欲しいんです」

 爺さんが、絵の中から飛び出した馬を連れ帰ると、行方不明になっていた馬が戻っていた。人々が集まって、爺さんが何と言うかと待ち構えている。
 そこで、爺さんは言った。
 「これは災いになるに違いない」
 しかし、一向に不幸なことなど起こる気配もない。困り果てた爺さんは、馬を絵の中に戻そうとして目玉をくりぬいた。しかし、それは元々爺さんが飼っていた馬の方だった。

 もう少し待っていれば、そのうち良いことや悪いことが起きただろうに。一流の占い師は、決して余計なことをせず、何か起きてから「ほら、当たった」と言うものだ。

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 昔、騙されやすい猿をたくさん飼っている男がいた。

 ある朝、男が猿の餌の橡の実を持って来て「朝に三個、暮れに四個やろう」と言うと、猿たちは口々に文句を言った。
 男が「では、朝に四個、暮れに三個やることにしよう」と言うと、猿たちは納得して、橡の実を四個ずつもらった。
 喜んで橡の実を食べている猿たちを眺めながら、男が首をひねった。
 「あれれっ? 何であんなに喜んでるんだろう…」

 夕方になって、男が「やっぱり、朝に三個、暮れに四個やることにする」と言うと、猿たちは納得して、橡の実を四個ずつもらった。
 喜んで橡の実を食べている猿たちを眺めながら、男が首をひねった。
 「あれれっ? 騙されやすいって誰のことだろう…」

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 昔、漢の国に仲の悪い二人の漁夫がいた(ここまで読んでピンと来た方は、次のパラグラフへどうぞ)。一人は呉の国、もう一人は越の国の出身で、事あるごとに喧嘩ばかりしているこの二人を、周りの漁夫たちは止めるでもなくけしかけるでもなく、ただ取り囲んでなぜか楚の歌を歌っているだけだった。

 ある日、この二人の漁夫が同じ舟に乗って漁をすることになった(ここまで読んでピンと来た方は、次のパラグラフへどうぞ)。喧嘩ばかりしていた漁夫は、ここはひとつ協力しようではないかと歩み寄って、仲良く漁をした。すると、浅瀬で一羽のシギが大きな二枚貝に嘴をはさまれてもがいているのが見えた。呉の漁夫はシギを、越の漁夫は大きな二枚貝をつかんで引っ張り、二人で獲物を捕まえた。

 それを見ていた漢の漁夫たちは、また大きな二枚貝に鴫が嘴をはさまれるんではないかと期待して、毎日浅瀬へ行って待っていたが、一向に獲物が現われない。
 「どうもこれは変だぞ」
 「サギに引っかかったかな?」
 「いや、サギではない。確かにシギだったぞ」
 「じゃあ、法螺だったのかな?」
 「いや、法螺貝ではない。確かに二枚貝だったぞ」
 「そうそう、大きなハマグリだったよ」
 「あっ、そういうことだったのか!」
 「どういうこと?」
 「あれは蜃気楼だったんだ」

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 昔、長い鼻を持った象がいたそうだ。いや、象ではなくて僧だったそうだ。その象の花子ではなくて僧の鼻は、長さは五六寸で、ぶらりと顔のまん中からぶら下がっていたそうだ。

 その象ではなくて像でもなくて僧は、長い鼻を気にしていないふりをしていたが、実は気にしていたそうだ。

 食事のときは、いつも梯子ではなくて弟子に長い鼻を餅つきではなくて持ち上げさせていたそうだが、あるとき、極右でも極左でもない中童子があまり敏捷ではなく睫でもなくて嚔をしたはずみで、フランツ・カフカではなくてフランク永井でもなくてザ・ピーナッツでもなくて腸詰めのような長い鼻が、金碗大輔ではなくて井伊直弼でもなくて鋺の粥の中に入ったそうだ。

 その後、長い鼻は観阿弥でも木阿弥でもない湯浴みをしたり足で踏まれたりして一度は短くなったけれども、結局元の長さに戻ったそうだ。

 もう誰も笑うものはないにちがいない。

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